【毒林檎】アダムとイブ、白雪姫はなぜ林檎を食べたのか【愛故に】

その林檎は本当に毒なのか?
今宵は、「禁断の果実」林檎の御話をしようと思います。
この話は、旧約聖書の創世記に描かれているものです。
神が創りたもうた人間の欲望と心理を描いている御話。

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最初の人間であるアダムとイブは楽園で不自由のない幸せな生活を送っていました。
神様は、エデンにあるどんなものも彼らに分け与えましたが、 「生命の樹と知恵の樹の実だけは食べてはならない」と言いました。
生命の樹の実は永遠の命を与え(つまり神格と同じように生きることを意味し)、 知恵の樹の実は知恵をもたらすので、人間がそれを手にするのを恐れたのです。

言いつけを守っていましたが、ある日知恵の樹のそばで蛇に出会い、 (この蛇はすでに知恵を持った存在で、知恵の化身) イブをそそのかし、二人はその実を食べてしまいます。

すると知恵がつき裸の姿が急に恥ずかしくなって、局部をイチジクの葉で隠したといいます。
(イチジクはその行為を表す象徴)
そして、知恵を手に入れたら生命の樹の実も食べるだろうと思った神様は、二人を楽園から追放した…


これがキリスト教でいう「原罪」
私たちは生まれながらにして楽園を追われた罪を背負っているのだといわれます。
罪なのかどうかは、私はキリスト教ではないので言及致しません。
ここでは別の角度からこの物語を見ていきたいのです。
ユング派の深層心理学も混ざっているので単語は象徴としてご理解ください。


皆さんは自分が、いつから知恵がついたのだと思いますか?
その知恵の定義も曖昧ではありますが、仮にアダムとイブのように裸を恥ずかしいと思うこと…
つまり性を意識したのは。
生まれたての赤ちゃんは裸も同然です。
そして幼子は太陽であり、生命力は燃え盛る火のごとし。後ろめたさや恥ずかしさなどはありません。


しかし成長していき、親の顔がわかり、言語を理解し、 社会というコミュニティーの中で(幼稚園や学校など)
だんだんと恥じらいがでてくるのでしょう。 それは心理学からすれば、成長している心の葛藤を表し、陰陽を理解し始めます。

この世では、陰陽があること。
男女、表と裏、昼と夜、嘘と真実、善と悪…
それらを自分で判断できるように成長していく。これが知恵ですよね。
大人になるための階段、ですよね。
これがきちんと乗り越えられなければ、恋愛して結婚して子育てして…ができないのですよ。

アダムとイブの話に戻すと、今まで兄妹(幼馴染?)のように暮らしていた男女が、 心の成長の過程で「私たちなんか違うよね!?」となって当然です。
そもそも体、違うし。


知恵の実を食べた、という行為は、その肉体の変化に気付いたこと、 そして何より「愛」に気付いたことを表しているのではないでしょうか。
人間の脳は愚かなのです。
ドキドキすれば、すぐに勘違いを起こす脳が「好きなのかも」と思わせてきます。

しかし私は、そんな愚かな脳が、 神が人間を失敗作に創り上げたが故の未知の可能性を有していると思いますね。

少し話が逸れますが、魔術の基礎とも言えるカバラでは 永遠の命を授ける方の生命の樹(セフィロト)を理解することが、 世界や人間、自分自身を理解すること、真理だと定義されています。
このセフィロトは一回では説明できないくらい奥深いものなのですが、 皆さんにわかり易く一言で申し上げるならば、 この世で何かを願い、成長させていくには「愛」が必要だということです。


愛、なんて。と。
お思いでしょう。私も、形のない感情である、「愛」というものが どういうものかわかっていないかもしれません。
真実の愛でも、偽りの愛でも、愛なのかと言われると、正直よくわかりません。

けれど、カバラでは…愛であるティファレトは一番大きく中心にあって、多くの次のステージ(課題)に繋がっていて、 愛を知ることはつまり、人や世界、この世やあの世、色々な事を知るきっかけになるということです。

一般的には、好きになった人と結婚して子供を産んで育てたいと願うと思うのですが、 それも「愛」がなければその道へ進むことは難しいですよね。
好きでもない人と生活するというのはストレスかもしれません。


さて、今一度、アダムとイブの物語に戻りますが、 結論的に言えば、二人は愛し合ったんだと思います。うん、ものすごく。
愛し合ったという表現を、知恵の実(林檎)を食べたに置き換えたのだと思います。
実際、イブは楽園を追放されたのち、子供を産んでますし。

そしてこの林檎、禁断の実と呼ばれるだけあって 林檎は女性器を象徴するものであり、その血のような赤は処女を、 セックスという行為自体を指すことがしばしばあります。心理学では。


林檎の物語といえば、白雪姫を思い浮かべるのは私だけではないはずです。
白雪姫の物語も、このアダムとイブの物語も、不思議なことに共通点が多いのです。

グリム版の白雪姫は実母の怒りをかって森に追いやられますが、 その原因は実父との肉体関係だそうです。
実母が毒林檎を食べさせようと白雪姫に近付きますが、姫はそれが毒だと知っていたようです。
林檎が女性器の象徴でありその行為を指すなら、既に実父と肉体関係にあり処女ではないはずです。
しかしここに来て白雪姫は、小人という異性を知ってしまっています。


その実を、口にしてはならない。


そう解っていても、快楽からは逃れられない。


知恵が禁断の実とは、よく言ったものです。
しかし知恵がなければ、人間の心は成長できません。
父親しか知らなかった白雪姫は性に目覚め、他の異性を知り家出する。
無邪気な白雪姫も、後に運命の王子様に出会って、愛を知るのです。
愛を知るが故に、林檎の毒は抜ける。

私が言いたいこと。
ドラマや漫画みたいな甘い甘いラブストーリーだけでは互いが成長できない。
白雪姫のようなおとぎ話の方が現実味を帯びた教訓になります。
精神的な繋がりだけで満足、それもいいでしょうが、成長のために毒が必要な時もあるのです。

それは実母が、行き過ぎる娘の行為に静止をかけようとした毒なのか、

はたまた姫自身の好奇心と快楽に魅入られた毒なのか、

それとも楽園を追放されてまで二人の愛の成就を願った、アダムとイブの毒なのか。



すべては知恵のなすところ。
すべては愛のなすところ。


あなたは毒と知っていても、この林檎を食べますか?


この林檎を食べなければ、幸せになれたのにと、思いますか?


しかしその毒は、あなたに必要だったのです。


愛は、あなたにとって、必要だったのです。



それが、原罪になろうとも。

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