【スピリットリーディング】霊視に対する黒猫的見解【通訳】

本当に困った時に或る言葉

今宵はあちらの世界のお話です。
黒猫魔術店にはスピリットリーディングという、所謂「霊視」というメニューが御座います。
それは蜜猫が依頼者さまの後ろの方々の通訳として介し、そのお言葉をお伝えするというものです。誰でもできる訳ではなく制限が御座いますので、霊視に関してご依頼する前にこちらをご一読ください。

 

霊現象対処法、霊視

 

始めにおことわり

 

私はスピリチュアルが大嫌いですし、どちらかといえば理詰めの現実主義で、愛情よりも損得感情の方が大きい人間だと把握しております。
私の周りには霊性の高い人々が沢山居ますが、その方々は中途半端な信仰者ではなく世界の理を知っており、盲目的に霊の世界を信じきって病まないといった人々ではないことを固く、お断りしておきます。
そして私もそうだから、そのコミュニティーに属しているのだと感じていますので只々盲目的な狂信者だと言うのであればここは必要ないでしょう。

 

私の霊視は「通訳」

 

勿論、車を運転しながら「ぎゃー、人ひいちゃった!」と思ったら誰も居なかった!
なんて事は稀にあるのですが、それだって霊視、だと思います。
ものの声、動物の声、心の声の移り変わりを聞くこと…これも視覚ではないですが霊視と言えるでしょう。

 

そう、私は霊視のご依頼があるとよく式である猫を使役するのですが、それを生霊だと思ってビクビクなさった方がいらっしゃいました、すみません、驚かせてしまって。
これも一種の霊視だと思いますね。

 

ただ単に霊視と言えば皆さんご存知の言葉でしょうから、私はそれを使っているに過ぎません。
何度も言いますが、私の場合の霊視は「通訳」です。
それ以外のこと、猫を使役したりするのも、私の後ろの方々がそうしなさい、と告げてくれるからであって、むやみやたらにそんなものを飛ばしてたら私疲れて死にますから(笑)

 

霊視と魔術の違い

 

因みに、ブレスレットの願掛けのように、ものに念を込めるのは魔術にあたります。
しかしそれも、皆さんはお気づきにならないだけで、後ろの方々との交信によって魔術に出会っていると私は思いますね。
本当に必要な時に、必要な分のものが必ず与えられるというのは私の座右の銘ですが、これこそ、後ろの方々との交信を無意識に行っている方が得られるものだと思いますよ。

 

因果の法則に抗ってみたり、自然の流れを阻害するような事象を起こしたりすれば、こういった引き寄せが行われなくなりますし、どんどん自信を無くしていけば魔術だって出来なくなります。
魔術は無意識への刷り込みを活用する、一種の催眠術であり思い込み。
自己評価が低ければ困難になるでしょうね。

 

後ろの方々の許可を得てから霊視するルール

 

私が霊視をする時は、ご来店くださった時点で既に後ろの方々がご依頼されています。
後ろの方々のご依頼がなければ、私は霊視を引き受けません。
又は生死に関わるようなことの場合は、私の方から後ろの方々へコンタクトを取り許可がおりれば霊視出来る、といった具合です。

 

こんな面倒な手順を踏んで申し訳御座いません。
皆さん、霊視に興味はお有りのようですが、私は後ろの方々の許可なく本人にお伝えするのはルール違反だと思っております。

 

輪廻転生を繰り返し魂が修行する中で、転ばぬ先の杖をついてしまうのはルール違反だと思いませんか?
そりゃ、転ばないに越したことはないでしょう、と。それも正論です。
しかし魂は修行をする為に、徳を積む為に現世におられるのです。
何度も何度も、何年も何年も、途方もない時間をかけて繰り返されてきた修行の一部を、やれ私は霊感があるからと言って聞いたこと何でも口にしてしまうのは、宇宙の理を破ることだと思うのです。

 

因みに魂の時間では地球時間だけではなく、本当に広い宇宙を旅しているわけで、ずーっとずーっとずーーーーっと前の前世は宇宙人だったなんてこともあるそうですよ。
そんな途方に暮れるような長い時間かけて積み上げたもの。
そして必要な人には必要な分のものが必要な時に訪れるという宇宙の法則。
宇宙時間で見ればほんの刹那の興味本位で聞いて、喋っていいことではないと思いますの。

 

何人もお断りして本当に申し訳ないのですが、こういう裏事情がありまして、ご理解頂けたらと思います。
断られたら、まだその時ではないと、寛大に思って頂ければと。

 

人それぞれやり方が違う

 

しかし私の霊視は、とても面白いやり方をするんだね、と言われた事が御座います。
前は明るい最中でもやっていたのですが、最近は必ず部屋を暗くしてやるようにしています。

カーテンを閉め、依頼者さまには東を向いて頂き、対面する。 テーブルにはキャンドル1本と香。

 

このやり方は降霊術でよく見られるものなのですが、私は決して降霊術はしませんしイタコじゃないんでね(ずっと昔の前世はイタコだったらしいのだけど)私はこのやり方の方が、普段魔術をやっている身としてはトランスしやすいんですよ。
トランスになれば、高速通訳(笑)が出来るようになるわけで。
もの凄い集中力を必要としますから、手早くやった方が、その後の回復が良かったという理由もあります。

 

メモをとってください

 

ここで依頼者さまはメモを取って頂くなりした方が、いいと思います。
私は通訳した言葉を極力忘れるようにしていますので。
覚えてはいるのですよ、記憶はあります(ですので憑依=降霊術ではないのです)。
ですがやはり魂にもプライバシーがあるでしょうし、私も3歩歩けば名前まで忘れてしまう鳥頭なもので…。

 

そんな精神力も体力も使う大変な霊視なのですが、私はこれが好きです。
霊視をやった方は、ビフォーアフターで別人になります。よほど頑固でない限り。

後ろの方々が仰っていることは、時には励ましの言葉であったり、叱咤もあります。
注意すること、特に生き方やものの考え方、捉え方に関する事が多い気がします。

 

共通点は「この世は空っぽ」という真理

 

共通して言えるのは、 「この世はからっぽ」という理を悟らせようとしているのではないかと、本当に思います。
私、般若心経の項で何度も繰り返しました。大事なことなので何度も言います。

 

この世はからっぽだし、変化して流動するもの。
強者どもが夢の跡のように、この世は移ろいゆくもの。

 

そしてここで私の後ろの方が付け足してこれも書いておけと仰っています。

 

執着を手放す事は恐れを手放すこと。

みんな怖いから、自分のものにしようとする。所有しようとする。

それを持っていれば安心できるから。

だけどね、それは宇宙の真理に反しているんだよ。

この世は最初から何もない。貴方のものなんて最初から何一つない。

その魂も、その体も、貴方のものではない。自然の、宇宙のものだよ。

物質に拘るのは、そこに執着をして、安心したいから。

だけど本当の安定は、執着を手放して、恐れを手放すことなんだよ。

 

ということで、霊視はこのような感じです。
因みにこれを仰っているのは私にはいつも青い光で現れてくる姿のない、指導霊と呼ばれる存在の方です。私の、先生です。

 

私の指導霊は「先生」

 

先生に色々なことを教わりました。いつも優しく教えてくれます、あの様な言葉で。
しかし皆さんの指導霊もこの様な言葉を使いますから、霊の世界というのは本当に安らかで争いや怒りなどない世界なんだろうな、と思います。

 

先生に色々教わると、物質の世界への執着がだんだん無くなるんです。
例えば恋愛で悩んでいる、対人で悩んでいる、お金で悩んでいる。
だけど先生の教えによれば、全てはからっぽで最初から持っているものなんてないのだから、悩む必要なんてないんだよ、と言います。
私もその通りだ、悩むなんて馬鹿馬鹿しい、もっと愉しいことをしようとなります(笑)。

 

そして先生は私に魔法のように、忘れるという術を授けてくださいましたね。
忘れるというのは素晴らしいんですよ、私は一晩寝ると忘れるんですよ、綺麗サッパリと(だから鳥頭なんですけど)

 

魂が泣いたり、喜ぶ

 

ここまでお読みになってまだ宗教だの、スピリチュアルだの、狂信者だの、オカルトだのと仰るならば私は先生から教えて頂いた宇宙のビックバン、世界の半数以上を占めるキリスト教について、人間の脳と電流と細胞の仕組みに至るまで懇切丁寧に解説する事が出来ますので、一晩お付き合いくださいまし。

 

私は長い時間をかけて、先生から色々なことを教わってきましたが、霊視を依頼される方の殆どは、後ろの方々との交信は初めてになるわけで(自然に享受されている方もいらっしゃいますがそういった方は寧ろ私が霊視するまでもないでしょう)私もそうだったように、それを聞くと涙が出る程感動し、よっぽどの頑固者でなければ、ああそうかと納得し、糧に成ると私は感じます。
本当に、本当に、最初の単語一つだけで涙がこみ上げてくるんですよ。
私も一緒に泣くことがあります(笑)。

 

私はそれは、魂の喜びだと思います…。
気づきというのは詰まり、宇宙の真理を知ることなのです。
魂は成長するために七転び八起きを繰り返し、何度でも事象を起こして気付かせよう気付かせようと、復習ドリルをやっているのです。
長い時間をかけてやっと掴んだその気付きに対しての、喜び。なんじゃないかな。

 

私は先生と交信をする時、孤独から開放されるような、励ましが多いです。
「ねえ、もっと愛される事を受け入れて。今まで本当に辛かったね、一人ぼっちだったね」
と言われた時に(これはとあるシャーマンのお方が通訳してくださったのですが)私自身は家族も好きだし友人にも恵まれ、決して愛されない訳ではないし、そう自覚しているにも関わらず、ずーっとずーっと昔から長らく愛に飢えた獣のように、体の底から涙がこみ上げてくるんです。
それは魂に対して先生が仰った言葉であって、現世の私に対してではない。
そういうことだよね?

 

私の役目

 

私はそういった言葉を通訳する為にこの能力を授かったのだと、そして先生もそれを人の為に使って、どんどん真理を教えていきなさいと、そして記録に残しなさいと言われています。
(ここ重要で、日本人てのは昔から研究成果を自分のものだけに留めておきたいとするんですよ。
日本のからくり人形の技術は素晴らしいのに設計図が残ってない、残念だって。)

 

私は仕事と思ってきっとこれをやってないですね、この店を。
確かにやりたいことなんですよ、好きな事ですし、自分にも合ってると思います。接客も。
ですが私が一番に考えるべきことは、こうしてブログを綴って研究成果を残していくこと、そして皆さんに世界の真理をお伝えして自然回帰に、ラクに生きて頂くことだと思います。

 

黒猫魔術店に出会ったのも、私に出会ったのも、それも全て必要だからそうなりました。
必要じゃない人には黒猫魔術店の存在なんて本当に知らないのです。
だって、「え?占い? なにそれ当たるの?」で終わるじゃないですか。

 

私は決して感情的な人間とは言えないので、愛等の情よりもメリットデメリットを考え自分の使命を如何に遂行するかを考えて行動するように出来ているようですので冷たい人間に思われがちなのですが、逆を言えば使命の為なら何でもする、何も恐れないといった節が御座います。

 

なんにも執着していないので(人にも、金にも、物にも)、将来のこと、対人関係、死ぬことすら怖くないんですよね。
ある意味物質の世界では非常識な人間です。

 

執着は私もここ最近やっと手放すことを覚えられたのでやれといってもすぐには無理なのかも知れませんが。
これも気付きの一つで覚えておくと本当にラクに生きれます。
そして許可がおりた方のみになるのですが、霊視は本当に感動一杯です。
私の命が尽き果てるまで、どんなに体力精神力磨り減ろうともやっていきたいと心から思います。
私もきっと一緒に感動して魂成長させて貰っているのですね。

 

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