「黒魔術ダメ」と誤解されてもブレスレットを発信する理由

魔術は白黒ないんです。

今宵はお問い合わせ多い、黒魔術や白魔術の話。
あのー。私一言も、黒猫魔術店が黒魔術サイトだって言ってないんですけどー。
黒猫です、黒猫。
猫は神のお使いなんですよ。
猫を冒涜しないでいただきたい!
勘違いしている方が多いのでこの記事を書きます。

 

魔女の魔術ブレスレットの魔術的能力|黒猫魔術店

 

なぜ人は白黒つけたがるのか

 

なぜ皆さん、魔術に白黒つけたがるのでしょうか。
いや、色んなことに白黒つけたがりますね。

 

魔術において、私はですよ、白も黒もないと思うんです。
正確にいえば、白と黒の線引きが難しいと思います。
どこからどこまでが黒で、白はどこからなのか。
また白が良くて黒が良いのか。

 

これは一概には言えないと思うんです。

 

もしかして服装の話かな?

 

黒猫魔術店の魔女たちは、根本にカバラ系の魔術とユダヤ教が深く関わってくるので、黒服を着ています。
もしかしてそれで黒魔術だと思われているのかしら?

 

キリスト系の流派によっては白い服を着ます。
ドルイド系の魔術だと黒服が多いと思います。
裸を推奨する流派もあります。

 

日本も昔は結婚式で黒い服(つまり昔の礼服)がありました。
昔は夕方(闇)が一日の始まりでした。

白が良くて黒が悪いみたいな概念はアテにならないと思うんですよね。

 

白黒の判定は真実なのか?

 

例えば善行や悪行でもって白黒判定するのは本当に正しいのか?

 

うちには旦那さんが不倫して困ってご相談される方もいます。
不倫がバレて開き直る人もいます。
奥さんや子供にDVをする人もいます。
わざとわかるように堂々と不倫する人もいます。

 

そんな人がもしもコントロール魔術や、相手をこらしめる魔術を使う時、これは黒魔術でしょうか?
私だったら正当な怒りだと感じます。

 

決して魔術儀式を煽ってるわけではない

 

上記の例でいけば、怒りを感じる人の気持ちはよくわかります。
だから私は、本人が望むのであれば術を行う権利は十分にあると思います。

それは魔術ブレスレットでも、人形呪術でもしかりです。

 

でも、そんな人にいつも先々に申し上げているのは、ここであなたが報復しなくても、いずれ天からのばちが当たるということです。
それが因果の法則だから…ときちんと説明しているよね。

 

魔術をやる時はよっぽどだよ

魔術をやりたいならやればいい。

 

それは、食べたいなら食べればいい。

みたいな感覚と同じです。私の中では本能と同じです。

 

でも私たちは思考できる人間だから、よく考えることができる。
本当にその術をやるかどうか自分で決められるのです。

よーく考えた末にやろう!と思ったことなんだからそれほど必要な願いなのだと思います。

 

私にもよっぽどな願いがあった

 

私が魔術をしたきっかけでもある、自分の体の治療に関しても少し触れておきます。

 

当時、私は自分の体の痛みに耐えながら死ぬまで生きていくことに絶望していました。
その辛さというのは、健常な人にはわからないと思います。
だから魔術を行いたいという気持ちを理解しろとは言いません。

 

きっと、「魔術なんて黒魔術だろ!」とか「呪われるからやめなよ」という人は幸せな人だと思います。
あくまでも私の場合は…ですが、現実的にどうすることもできない辛い状況で、藁をも掴む気持ちで読んだ本が、ハーブ学や魔術だっただけです。
そこに行き着くまでには医者も、健康食品も、何もかも八方手を尽くしたんですよ。
本当に最後の藁だっただけ。

 

生きたいという願いは罪ですか?

 

魔術が黒いだの、願いを叶えることで呪われるだの、曖昧で確証のないことを仰る人が多いですね。
そんなことはどうでもいいのよね。

 

だって、それはさ、生きてる前提の話ですよね?

生きてなきゃ、呪われないし、白黒関係ないものね。
何かしらの理由で明日死ぬかもしれない人にとっては、もう本当にどうでもいいことだ。

 

それはつまり、明日生きることに必死な人に対して、生きたいという願いは罪だからやめなよ!と言っているようなものだ。

 

魔術は方法としてクールだと思う

 

そんな心境の人が縋ったりするのって宗教だと思います。
生き死にに関することは全て宗教学ですからね。
誰でも、どんな宗教と、信仰と、信条を持ってもいいと思います。
何を信じるかは自由です。

 

でも私は魔術は1番クールだと思います。
なぜなら、宗教は教義を与えられ信じればいいですが、魔術は自分が努力しなければいけないからです。

 

語弊がないように言い方を変えます。
前者は神が主観ですが、魔術は自分が主観です。
前者は事象を与えるのが神ですが、魔術は事象のきっかけを作り出すのが自分です。
ただそこが違うというだけ。

 

自分が努力するために魔術ブレスレットや人形呪術を行うことは悪いことではありません。

ただし魔女の掟では「他を害することなかれ」とありますのでお気をつけてね。

 

私は神を信じない。

 

はっきり言うと私の神は死んでます。
神が本当に完璧なら先天性の病気がなぜあるのかと、当事者ながら思います。
「それは神が与えた試練よ」という”そう思ってれば楽になれる”的な後付け解釈も嫌いです。

 

神が例えば、時の流れとか、自然の脅威っていうならわかります。
でも世の中唯一神が流行ってるじゃないですか。
そして必ず「良いことをしなさい」という善行を教えますよね。

 

善行で病気が治ればよかったんだけど、治らなかったのですよね~。
かと言って悪行をするわけではないですよ。

 

きっと私は待てなかったんだと思う

私、じっと待ってられないんですよ。

信じて奇跡を待っているだけってできないんですよ。

 

自分が努力してもしダメだったとしても、それでダメなら諦めもつきます。
でもやらないでおいて、やれることあったのにな~って最後に後悔しそうなの、嫌なんですよね。

しかも私の場合は、その後悔の時って死ぬ直前みたいな状況だったわけで。
ダメだった~またやり直そう~!っていうのができないわけで。

 

でも私はそんな死の心境があったからこそ、常に全力で生きられていると思います。
全力は…やっぱり能動的に動きますね。

 

黒猫にも触れておこうかな

 

旧約聖書エレミヤの手紙の中に猫が唯一登場します。
皆さんはこれをご覧になってどう思うでしょうか。

 

18、祭司たちは必要以上にともし火をともしますが、神々の像はそのともし火一つ見ることができないのです。

19、神々の像は、あたかも神殿の梁のようなもので、よく言われるように、その内部は虫に食われています。地からわいた虫が体や衣をかじっても、何も感じません。

20、その顔は神殿に漂う煙で黒ずんでいます。

21、その体や頭の上を、こうもりやつばめ、小鳥が飛び交い、猫までやって来ます。

22、このようなことで、それらの像が神でないことは分かるはずですから、恐れてはなりません。

 

その他にも、エジプトの女神バステトは猫です。
猫は気品がある優しい神の使いです。
人知れずひっそりと死にます。
そして主人をずっと思っています。

 

魔術をやると呪われるは間違い

 

安易に魔術を行うと呪われるのでしょうか?

例えば、魔術ブレスレットや人形呪術などをやると呪われる?
呪われるとしたら誰にでしょうか?

 

よくご先祖の祟りとかいいますが、ご先祖が子孫の幸せや繁栄を恨んだり祟ったりすることはないと思うのです。
現世の子孫が間違いをするようなら枕元やお仏壇に立つなりすればいいんです。
どんなに鈍感でも身内に1人くらいは敏感な人がいるでしょう。
いなかったら敏感な霊媒のところへ言って通訳してもらうとか、方法があるんですよ!

 

魔術をかけた相手に呪われるのでしょうか?
仮に魔術で呪いをかけたとして、それを跳ね返すのはツワモノですね。

 

神の怒りに触れるということでしょうか?
それは呪いという言葉ではなく、因果に触れるということですね。
そもそも因果に触れた魔術は、行っても効果がありませんので…何も起こらない。が正解。

 

1番の呪いを知ってますか?

 

ふふ、あなたが幸せになることが、相手が1番ダメージを受けます。
呪いの術を使うよりも効果的な方法です。

 

その人を呪っているということ自体が、あなたがもう呪いにかけられているのです。
それを跳ね返す・解除するには、相手よりも幸せになることです!

 

結局、黒魔術って何よ??

 

何も知らない人が作った差別造語かな。
願いを叶えるという行為においては、白も黒もありますからね。
白が正しくて、黒が正しくないとは言えない以上、そういう結論になります。

 

なんのために魔術を伝え続けるのか

 

私がこうして魔術を伝え続けているのには理由があります。
私は自分の経緯から魔術に入りましたが、魔術を行うことで、生きることに必死になれました。
自らの状況を環境や人のせいにすることはなくなりました。

 

なってしまったものは仕方ない、自分で変えてやろう、努力するしかないと思いました。
誰か(医者)や何か(薬)に任せきりの自分の人生なんて楽しくない、自由じゃないと思いました。

 

魔術を使ったら、努力の方向性や何をするかなど、明確にわかるようになりました。
前向きに頑張ったり、しがらみがとれたことで自由になれました。

 

自然の流れや、タイミングとか、時の運を受け入れることができました。
その分だけしがらみがとれて、心が楽になりました。

 

心に余裕ができると、人に優しくなれたり、自分で悩むことがなくなりました。
感情の起伏もなくなりました。

 

魔術は、自然と繋がって共生することだと思います。
私の病気が治った時、私はどの魔術で治ったのかわかりませんが、たぶん心が育まれて成長していることが関係していると感じました。

 

もっと楽に生きていいと思います。
願いを叶える魔術をやる時、それは自然の畏怖を知る時です。
それを受け入れることができた時、すごく楽になれることを伝えたい。

 

本当に必死なら、叶います。

 

 

コメント

  • 魔術には黒も白もないとヘイズ先生も仰られてました。私も魔術には黒も白もないと思ってます。分かれているのはゲームの中だけです。

  • そうですよね、ゲームの中でのジョブですよね。
    術は、使用する人の心で決まるものだと思います。

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