魔術ブレスレットとパワーストーンの癒しの違い

願いを叶えることは最大のヒーリング

今宵は魔術ブレスレットの願掛けや「願いの執着」についてのお話です。
あくまで黒猫的見解ではありますが、私が提唱する最大のヒーリングとは、願いを叶えることだと考えています。

パワーストーン等で癒しても仕方ない!
それは、黒猫魔術店ができた当初からの考えで、今でもまったくブレずこのままであります。

 

魔術ブレスレットとパワーストーン|黒猫魔術店

 

癒しは一時的解決にしかならない?

 

やれ浄化だ、癒しだ、パワーストーンだとスピリチュアルが流行っておりますが、それは一時的な楽になる方法であって、根本的解決にはなりません。
風邪をひいて風邪薬を飲むようなものです。
根本的解決とは、問題が起きても立ち向かえるような強さを持ったり、心・時間・お金に余裕を生むような、生産的な解決策ではないでしょうか?
その都度、悩んだら占いをして貰う、パワーストーンを買うなんていう癒しからは卒業してください。
そんな癒しは楽で心は晴れるかもしれませんが、それ以上のものにはなりません。

 

願いを叶える魔術の仕組み

 

ではどうやって癒されればいいのか?
私は、「願いを叶えることが最大のヒーリング」だと提唱しています。

 

私の言っている願いを叶えるとは、向上心が伴った自分の努力で目標を達成するという意味です。
私は生きている間は日々向上心が必要だと考えています。
何故なら生きているうちに善行をつんだり修行したりして愛を知り得ることが、様々な宗教や思想で言われている共通点だからです。
分かりやすいように宗教を持ち出していますが、魔女宗や自然信仰や、魔術のもとであるカバラやそれを研究したかの偉大な魔術師アレイスタークロウリーも最終的到達点は愛だと説いています。

 

魔術書の多くが愛や感謝の力を駆使しています。
地球で生きる以上、この世の法則にのっとり自然的な力を味方に取り入れるためです。
それはつまるところ自然への畏怖や感謝が術には有効なのです。
なんということでしょう!
自分の願いを叶えるためには、必ず自分以外の力を必要としているんです。
(すごく大雑把に解説しているので、きちんと魔術について知りたい人は私のセミナーを受けてくださいね。
深すぎてここでは語りつくせません。)

 

願いを叶えることは悪いこと?

 

よく「願いを叶えるのは黒魔術で悪いことだ!」と言う人がいます。
その悪いという道徳観念は様々なものからの洗脳だと私は思います。

 

だって、自分が幸せじゃないのに他人を愛せません。
自分が知識がなければ他人に教えられません。
自分が健康でなければ他人を守ることができません。
だから私は単純に、誰にだって自分の願いを叶える権利があると思いますし、その方が生産的な社会が生まれるはずです。
物騒な世の中ですが、自分とその身近な人たちを守ることができるからです。

 

しかし人民が賢くなりすぎたり、願いを叶えすぎては困る一部の人たちが、宗教や道徳観念を植え付けているのだと思います。

 

限りある時間の中を生きているから

 

願いを叶えることは決して悪いことではありません。
先に述べたように、願いを叶えるためには向上心と努力が必要です。
勿論、簡単に叶うということではありません。
でも、それぞれが必死に努力した結果願いを叶えていくのの何が悪いというのでしょうか?

 

私は逆に、今を維持して何もしないでただ死ぬのを待つよりもいいと思うんです。
バカみたいに必死になることの、何がいけないのでしょうか?

 

私は癌という大病を経てきました。
あれはどん底でした。
一日生きることができるなら、何でも努力しました。
明日もし死ぬかもしれなかったら、誰だって必死になれると思います。
そして、生きてるうちにあれこれやりたい!と思うことがあるはずです。
死の宣告が差し迫る前に、それを実行するかしないかの話です。

 

今のままでいい、という人へ

 

それはとても素敵な理想論です。
でも今のままというのは絶対にあり得ないことです。
何故なら時間は誰にでも平等に刻一刻と過ぎ去り、年老いていくからです。
衰えを感じていなくても、病気は突然やってきます。
私の場合は29歳で癌だと告知されました。
病気でなくとも、災害、事故、様々なことが考えられます。

 

私たちが物質の世界で生きるということはリスクを伴っています。
日本のように保険や金融がしっかりとしない国で生きるなら尚更、この現実問題から目を逸らすべきではありません。
理想と現実は違います。
酷なことを言いますが、癒しを空想の世界で解決しようとしても、だめなんです。

 

「自分らしく生きる」意味を履き違えるな

 

「願いを無理に叶えなくても今の自分らしく生きれればいい」という人もいます。
それって、願いですよね?
そう生きたい、そうでありたい、という願いですよね?

 

先に述べたように、時間が流れている以上、安定や不変はあり得ないのです。
もし身近にその人らしく生きている人がいるならば、それは「自分らしく生きる努力をしている人」です。
日々努力しているからこそ、その生活が維持できています。
もし何も努力していなければ衰退しかないと私は思います。

 

「自分らしく生きることは苦しいこと」ですか?という質問もうけます。
それは自分らしく生きることが苦しいのではなくて、努力が苦しいのです。
そりゃ、努力ですから苦しいでしょうよ。
でもどんな道であっても自分が進む道くらい自分の努力で耕して進んでほしいものです。
何故なら自分しかその道は歩まないのですから。
予め用意された舗装道路なんて誰でも通ることができて気楽ですが、特別なことは起きません。
誰かに足を踏まれることはあっても。

 

願いに執着しない未来主義

 

魔術ではとことん願いに執着しません。
一度ものすごく強烈にイメージしたら全て願いを忘れると、いつの間にか叶っている…というのが魔術です。

 

願いに執着すること。
これは今必死に努力している自分自身を見つめています。(現在の視点)
または、努力を続けたまま叶っていない自分を見つめています。(過去の視点)

 

そうではなくて、未来の視点から自分を見つめてください。
未来では既に願いが叶い、手に入れています。
それがもうあって当たり前で、確定事項なのです。
それを補完するために現在努力したり、知識を取り入れたり、行動したりしているのです。
この違いがわかりますか?

 

そうです、多くの魔女や魔術師、願いを叶えられる人は、未来を既に決めてから術を施したり、占いで努力の方向を定めたりしていたのです!

 

願いを叶えるのは自分自身

 

黒猫魔術店では、魔術ブレスレットの願掛け儀式が一番願いが叶いやすいということで、かねてよりずっとデータを取り続けて検証しています。
魔女の石の知識、ハーブ学、占星術、マジカルオイルをあわせて魔術構築と儀式化していますが、結局のところ願いを叶えるのは自分自身の意思の力です。
そしてそれは、魔術=脳科学であると結論づけました。

 

私たちは、脈々と民衆信仰なりで受け継がれてきた「古からの魔術」が科学的に今解明されてきた時代に生きています。
せっかく理論的に摩訶不思議なものの仕組みがわかる時代になっているのに、それを知らないまま広めないままおれましょうか!
今や情報なんて秘密にしておけない時代と化しているのです。
それぞれが、それぞれの生産的な生活のために魔術を役立てるべきです。

 

そんな思いから、私たちはさらなる研究を続けます。
スピリチュアルが只々、寂しい心を埋めるための弱い人が使うものだと罵られてはいけません!
私たちは強く在るべきです!
自分自身で願いを叶えていくべきです!
私たちはそのやり方を、魔術具を通してお伝えしています。
何度もやってコツを掴んでいってなんでも引き寄せる人もいます。
強くなりたくてタロットの知識を得る人もいます。
みんなそれぞれの、道を進んでください。

 

あなたの願いは叶えられるべきです。
他でもないあなたの手によって。

 

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