魔女蜜猫の魔術視点【愛を伝える第一夜・死を伝える】

病気の人は色が違うんです

今宵は【愛を伝える】第一夜、【死を伝える】です。
私の講演で、魔術でも生きることでも必要な愛についてお話しする時の内容をまとめていますが、1回目のお話でいきなり「死」です。これまでも私は死について書いて来ました。
私にとって死は身近なものでした。
それは自分の病気との戦いから死について考えるようになりました。

 

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死が見える

 

私は自分も含め、「死」が見えていました。

 

もうすぐ死を迎える人、病気で助からない(死)人、病気の人、心が死んでいる人の、何が原因で死に至るのかまで、見えていました。

 

勘違いのないように初めに断っておくのですが、この見えているの表現はもしかしたらおかしいのかも知れないと自分でも思っています。
いや、でも見えているんです。

 

例えば対面してお話をしている時に見えやすいし、お話をせずに遠くから傍観するだけでも見えます。
死が見える時は決まって黒いもやが霧のように生体にかかって見えます。
私は霊視をしていない(開いてない)ので生体を見ているだけです。

 

感じるという感覚は自分ではしっくりこないんですが、おそらく敏感にいつもと違う微差を察知してそこが色として黒く見える…というのが脳科学であるらしいです。
私にとっては子供の頃からそうなので普通のことでした。
黒い人は沢山いました。

 

病気の部位は黒く見える

 

ある時、あんまり黒いんで流石に心配になって「大丈夫ですか?」と声をかけたら「何が?」と言われました。
きっと自分では気付いてないのです。
黒くなってるよ、なんて言えないので「寝不足のようなので今日はゆっくり休んでくださいね」と言いました。

 

頭が特に黒かったので間違ってはいません。
しかしその人はこの後、事故に遭いました。
生きているのがラッキーな事故でした。

 

このように「この黒いものは病気の箇所」と気付いてからは間接的に死を見ているのだと悩みました。
何故なら、それが見えても伝えられないからです。

 

私は見えているので、その病気の箇所がわかる。
でもそれを伝えたところで本人には自覚がない。
自覚がないので気を付けようとしない。
結果、病気になる未来しかない。

 

ハーブや料理からそれを防げないか?

 

本当に今が楽しけりゃいいなら、それでもいい。
でも私は健康でなければ楽しくなんてないことも知っていたから、見えている情報を持っているのに伝わらないことが歯痒く感じていました。

 

そこでうまく伝えるために独学で栄養学や料理、ハーブ学を勉強しています。
何故なら病気やその黒いもやは、生体のエネルギーが増せば取れるので、良質の食事をすれば治ることを知っていたからです。

 

それは、そもそもは自分の黒いもやを何とかするためでもありました。
決して他者に偽善でなんとかしようなどと思える程社会貢献も自己犠牲もできません。
でも目の前の見えているものだけは、とりあえずなんとかしたかったんだと思います。

 

黒いもやがでれば、「この部位が弱っているのでこの食事をすると良いよ」とまで言えるようになりました。
解決策までわかる分、言わない方が良いことなんであるでしょうか?
勿論、御本人が信じる信じないの差はあれど、私はただ見えるだけじゃなかった。
解決策もわかるなら、助けたいと思うのは愛なのだと思います。

 

自分に愛のない人が多い現実

 

愛も死も、私の中では同等の価値で存在しています。
もし死にたくないのなら、病気を治したいなら、愛のある食事をしなければなりません。
それは時短とかお手軽なファーストフードや、コンビニ飯ではありません。
時間を作って調理しなければなりません。
時には食材から育てる場合もあるのかもしれません。
それって、自分を愛していなければできないことですよね。

 

ただ生きてればいいやと思うのなら、生き永らえるための食事としてお手軽なものでいいんです。
でも少しでも長く生きようと思うのなら、食事に気を付けることは必要です。
気を付けて料理をできる人は自分自身に愛のある人だと思います。

 

しかし私は絶望しました。
自分に愛のない人が多いんだなと思いました。

 

黒いもやが見えて解決策まで言ってくる変な人←私が、変で嫌い、というのは別にいいんですよ。実際変ですし。
でも食事についてお話しすると、それはできない、とか、時間がない、とか、様々な理由を仰っております。
私には別に断らなくてもいいことです。私の体ではなく結局は自分の体。
自分がなんとかしなければなりません。
自分を愛していれば助けられるはずですが必死ではない、愛してないのかな…と。
そう思うと悲しくなりました。

 

病気は生活習慣から。当たり前のこと

 

そんな人は沢山います。
そんな食事を続けたから病気になるのでしょう。
私はただ見えているだけで、解決策を知っているだけです。
でも、実際に助けてあげられるのは自分次第です。

 

ただ生きるだけなら誰でもできます。

しかしその生きることは、明日生きられるかもしれなかった誰かの生かもしれない。
生きたかった誰かの明日を生きているかもしれない。

 

私、一時期マジで死にそうだったので、しょっちゅう思っていました。
誰か、命を粗末にしている人、私と体を交換してくれないかなって。

 

先日、癌で亡くなった小林麻央さん。
私の処にも反響があり、どうして頑張って欲しい人程亡くなってしまうのかとか、悲しみをこえるにはどうすればいいのかとか、ご質問がきております。
小林麻央さんは素敵な方ですから、人知れず死生観についてご考察なさったことだろうと思います。
きっと彼女には悔いはないのだろうと思います。

 

でも、他人として見れば、彼女が生きたくても生きれなかった明日という未来を、 私も癌でしたが完治し、生き長らえているという事実は明白なのです。
死はいきなり命を刈り取って、物質から切り離されたエネルギーになりますが、「生きたかったであろう思い」はきっと残るんじゃ…とも思います。

 

もっと自分自身を愛してほしい

 

誰かが亡くなったとしても、生きている人たちはきちんと生きていかなければなりません。
それが既に決まっている仕組みだし、抗うことはできない。

 

だから自分自身を愛して欲しいな、と思います。
愛は、生に力を与えるからです。

 

愛なんてわからない、と言うのなら、死んだ人を思い出してください。
きっと彼らは死ぬ間際、もっと生きていたかったと思っていた。
その明日を戴いているうちは生きましょう。
生きるには愛しましょう、自分をね。自然と健康になれるはずです。

 

魔術でも、死と愛のハーブは隣り合わせでした。
例えば、ジギタリスは心臓を動かすお薬ですが、大量に摂取すればドキドキしすぎて死にます。
少量であればそのドキドキがトキメキとして恋愛の魔術に使われました。

 

ずっと平穏な暮らしの中では退屈してしまって、スリル的に刺激物を好んで食べる。
タバコや酒もそうかもしれません。
でもそれが習慣化してしまうとずっとドキドキ状態。
ちょっとのドキドキじゃ満足しなくなってしまうのかもしれませんよね。

 

本当は、愛は身近なところにあるのですから…。

 

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