藁人形と人魚姫はなぜ泡になって消えたのか

人魚姫は本当に幸せなのか?

今宵は、黒猫魔術店で販売している「愛の藁人形」について、魔女蜜猫がアンデルセン童話「人魚姫」をもとに写真集型小説「藁人形に愛を願った人魚姫」と一緒に、恋の物語を魔術的解釈していきます。
人魚姫と藁人形の関係も、蜜猫の想いも、すべてここに記しておきますね。

 

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人魚姫の物語

 

皆さん、人魚姫がどういった童話かご存知でしょうか?
ディ○ニーのリトルマーメイドみたいなハッピーエンドじゃないですよ。
(私はリトルマーメイドも好きですけどね)

 

人魚姫、こんなお話。

 

年頃になった人魚姫は人間の王子に恋をして、人間になるために魔女と契約をして足を手に入れます。
でも引き換えに声を失ったので、愛の言葉を伝えることができません。
そのうち王子は許嫁と結婚してしまいます。
人魚姫は王子様と結婚できなければ海の泡になって消える…と魔女に言われていたので、不憫に思った姉の人魚たちが、美しい髪の毛と引き換えに短剣を渡します。
短剣で王子様の心臓を一突きにすれば、人魚の姿に戻れる…
けれど人魚姫は、愛を失っても、愛しい人を殺すことはできず、海の泡になって消えてしまう…

 

いわゆるバッドエンド失恋物語。
でもとても綺麗で、純粋なお話だと思いませんか?

 

作者はハンス・クリスチャン・アンデルセン(デンマーク出身)。
民俗説話ではなく、本人の経験に基づく創作童話が多いアンデルセン。
生涯独身だったその恋愛は失恋が多かったようです。

 

魔術的視点で読んでみる

 

恋愛事は、よく水の流れに例えられます。
感情は留まるところを知らない水のように起伏が激しいものです。
ひとつとして「同じ」ものはありません。

 

それは人間ひとりひとりの「視点」で物事を見ているため「感じ方」が違うからです。
一言に「愛」と言っても様々な形があるように。

 

感情の入れ物が体

 

人魚姫は半人半魚です。
魚やその他の水辺の生物は、水属性、すなわち感情や愛情の象徴物です。
また、人間も、魂や感情を入れる入れ物です。
理性と感情のふたつをコントロールして生きています。
しかし時に感情が優先されてしまうような事象が起これば、水属性優位になります。

 

さて、ここで勘の鋭い読者はお気づきになったことでしょう、 魔術とは、先ず意思があり、その感情を「願掛け」することによって術を行うことができます。
(その後は感情を休めて理性で忘れる作業をしなければなりませんが)

 

そして人型を成している「藁人形」はうってつけの感情の入れ物なのですよ。
大いに術者の感情を入れやすい、そしてそれができれば術も大方成功しているようなもの。

 

ですからここで出てくる「人魚」とは形のない感情の具現化した姿とイメージして頂ければと思います。
なにせ昔から人魚は、ギリシャ神話ではセイレーン(怪物)と言われていますが「妊婦」という英語の意味にもなっています。
アンデルセンの人魚姫もセイレーンの神話が元になっていると言われています。

 

輪廻転生

 

人魚姫の原典からこの話も。

 

  • 人魚は三百年まで生きることができるが、死ぬと水の泡になるだけ。
  • 人間は長く生きることができないが、死んだら魂が生きることができる。

 

人魚と人間の死生観の違いが、原典には記されています。そこで、人魚姫はこう思います。

 

「寿命なんていらないわ。
そのかわり一日でも人間になって、死んだあと、その天国で幸せになれるなら」

 

死んで水の泡になるというのは、水と空気と同じ存在になる…つまり魔術でいうところのプラーナになるということでしょう。
人間の魂は何年も生き続けるというのは、キリスト教での千年王国、仏教での輪廻転生のことを指しています。
今世で死んでも、来世でまた幸せになりたい、と願うロマンチックな感じですが、これはアンデルセン自身もそう思っていたのかもしれません。

 

処女喪失

 

さらに人間と人魚の愛について、原典ではこうあります。

 

  • 人間が人魚を愛する時には、その人間の魂が流れこんで幸せを分けてもらえる
  • 尾ひれが二つに分かれる薬を飲んだ時の痛みは「するどい剣を突っ込まれるような」もの。

 

隠喩ですけどこれあれですよね?
アンデルセンはグリム兄弟とも交流がありましたから、元型理論に基づいた解釈をすると面白い!

 

つまり、海の中に居る人魚(=感情や愛情主体)から人間(=するどい剣を得て)に成ったらもう恋(男)を知っていたわけですよね。
これは童話や心理学によくある成長物語のひとつの、処女喪失の隠喩でもあります。
性魔術でも、男女のセックスによるエネルギー交換法がありますから、「魂が流れ込んで」という表現はぴったりです。極めつけに、

 

  • 一度人間の姿になれば、もう人魚には戻れません。

 

そりゃそうだ…と思いながら。戻れないのですが、いざ姉たちに短剣を渡されるシーンでは、

 

  • 王子の心臓にこれを突き刺して、その血飛沫が足にかかって、人魚に戻れる。

 

処女喪失での痛みを血を持って知れということなのでしょうね。

 

女性性の二面性

 

ええと、原典を引っ張り出して何を言いたいかというとですね、
だからさ女の恨みをかうなよってことね。 怖いでしょ? 怖いよね?

 

だって女性は優しい反面ヒステリック。感情主体の生き物で水属性なのだもの。
女性は体の内側、臓器に敏感でなくてはならないでしょ?
子供を産む必要があるから、痛いとか、苦しいとか、感情が押し出されて当然なのです。
それを嫌だって言われても、仕方ないのですよ、持って生まれたもの(性)ですから。

 

因みに逆に男性は強さの反面弱いのですよ。仕方ないね。
男性は体の外の感覚器官に優れなければ狩りができなかったから。
どんなに逞しく見えても精神が弱いの仕方ないね。

 

誰でも二面性を持っていますから、これは本当に仕方ない。
仕方ないって言ってるけど、さ。

 

女性のそのヒステリックが、感情が、全ていいものだとは限らない。
社会で生活を営む以上、感情を抑圧した方がうまくいく場合は大いにありますもの。
そして常に冷静さを求められる世の中です。
だから女性の得意な幻夢の世界では生きにくくなったので二次元とかハマるわけですよ。

 

行き場をなくした感情を人形へ宿す

 

しかしながら、その行き場を無くした感情はどこにやればいいのでしょう?
女性にとって、感情とはとても大事なものです。それを表現することも大事です。
現代で出し切れないその思い、ここで人型が登場するわけですよ。
感情や魂の入れ物である、「人形」、女子は好きでしょう? ヌイグルミとか。

 

物心ついた時から人型に感情を込めているんですよ、女子は。
行き場の無い心の居場所は、むろん現代に限ったことではなかったようです。

 

例えば日本、江戸時代頃には藁人形を使った丑の刻参りの様子がパロディで描かれています。
これは藁人形の方が男根を模しており、それに五寸釘を打ち付ける女の顔は女性器で描かれています。
生々しいですが、女性の憎しみや嫉妬が描かれた浮世絵なのでしょう。

 

いつの時代もそうした感情は愛情を欲し、なかには泡沫のように消えていく愛に対して、 まるで繋ぎとめるかのように、又は諦めにも似た感情の居場所を探し、人型に願う。
これは女性の本来の姿だと、私は思うのです。

 

呪うためだけの藁人形じゃない

 

語弊があってはいけないのできちんと申し上げておきますが、何も呪いのために使えと言っているのではありません。
愛の形は様々ありますので、そりゃあ男が憎いと思う女もいるでしょうよ。けれど、私が言いたいのは。

 

人魚姫のように最後まで愛を貫いた、これはとてもピュアで心温まる信念ですよ。
しかしですよ、その裏には「本当は幸せに成りたかった」「本当は生きていたかった」「本当は愛されたかった」
そんな思いが必ずあるんですが、これを無視してハッピーエンドで終わって良いのでしょうか!

 

現実でもよくあるじゃないですか?
「好きな人は妻子(彼女)持ち」「私は好きだけど彼は私のこと好きじゃない」「別れた人が未だに好き」
頭では、冷静に、「解って」いても。感情では納得できないことってあると思います。女性は特に。

 

相手にもハッピーエンドを望んでいるのよ? けれども心が納得できない…
そんな時に人型にその「納得できないきもち」を込めてしまうのです。
呪いだホラーだと騒ぎ立て怖いイメージがついた藁人形ですが、本来はこういう使い方をします。
紙に感情を書きなぐって丸めてポイッとする感じに似てますよね(笑)

 

悩むよりもやってみるが良い

 

実際、これをやってみるととても心が軽くスッキリとします。
魔術的な解釈を加えれば、願掛けをしている時点で「願いが既に叶った」と脳に暗示をかけるので 「納得できないこと」でも肯定的に叶ったと思い込ませることで心を軽くするのだと思います。
しかしずっと引き摺って納得できないままの心でいるよりも、ひとつふたつ納得することで次に進めた方が良いと私は思うのです。

 

そして魔術とは、向上心がなければ扱えません。
今よりももっと楽になりたい、よりよくしたい、という願いで行うべきものです。

 

私も呪いたいほどの相手はおりますけれど、術を施行しようとは考えていません。
何故なら自分の得になりません(時間と金と労力の無駄)し、そういった類のものは天罰がくだります。
私のこの人間ひとりの弱い力で呪いをかけるよりも、大いなる神の力で罰があたる方が100万倍いいに決まってます(笑)

 

自分の為に魔術は行うべきです。
人魚姫が、声と尾ひれを差し出したように、術を行うにはリスクが伴います。
時間やお金や労力(エネルギー)などです。
それを差し出す覚悟のある、つまり差し出してもそれに見合うだけの価値がある願いなんて、自分の為以外の何がありましょう!

 

欲望に正直でいてください。そしてそれと向き合ってください。
そうでないと人間は成長しませんから。

 

例えそれで泡になって消えても、
納得いくまで信念を貫けた、貴女を誰も責めはしないのだから。

 

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