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【スピリットリーディング】霊視に対する黒猫的見解【通訳】

霊現象対処法、霊視

今宵はあちらの世界のお話です。
黒猫魔術店にはスピリットリーディングという、所謂「霊視」というメニューが御座います。
それは蜜猫が依頼者さまの後ろの方々の通訳として介し、そのお言葉をお伝えするというものです。誰でもできる訳ではなく制限が御座いますので、霊視に関してご依頼する前にこちらをご一読ください。

 

霊現象対処法、霊視

 

始めにおことわり

 

私はスピリチュアルが大嫌いですし、どちらかといえば理詰めの現実主義で、愛情よりも損得感情の方が大きい人間だと把握しております。
私の周りには霊性の高い人々が沢山居ますが、その方々は中途半端な信仰者ではなく世界の理を知っており、盲目的に霊の世界を信じきって病まないといった人々ではないことを固く、お断りしておきます。
そして私もそうだから、そのコミュニティーに属しているのだと感じていますので只々盲目的な狂信者だと言うのであればここは必要ないでしょう。

 

私の霊視は「通訳」

 

車を運転しながら「ぎゃー、人ひいちゃった!」と思ったら誰も居なかった!
なんて事は稀にあるのですが、それだって霊視、だと思います。
ものの声、動物の声、心の声の移り変わりを聞くこと…これも視覚ではないですが霊視と言えるでしょう。

 

そう、私は霊視のご依頼があるとよく式である猫を使役するのですが、それを生霊だと思ってビクビクなさった方がいらっしゃいました、すみません、驚かせてしまって。
これも一種の霊視だと思いますね。

 

ただ単に霊視と言えば皆さんご存知の言葉でしょうから、私はそれを使っているに過ぎません。
何度も言いますが、私の場合の霊視は「通訳」です。
それ以外のこと、猫を使役したりするのも、私の後ろの方々がそうしなさい、と告げてくれるからであって、むやみやたらにそんなものを飛ばしてたら私疲れて死にますから(笑)

 

霊視と魔術の違い

 

因みに、ブレスレットの願掛けのように、ものに念を込めるのは魔術にあたります。
しかしそれも、皆さんはお気づきにならないだけで、後ろの方々との交信によって魔術に出会っていると私は思いますね。
本当に必要な時に、必要な分のものが必ず与えられるというのは私の座右の銘ですが、これこそ、後ろの方々との交信を無意識に行っている方が得られるものだと思いますよ。

 

因果の法則に抗ってみたり、自然の流れを阻害するような事象を起こしたりすれば、こういった引き寄せが行われなくなりますし、どんどん自信を無くしていけば魔術だって出来なくなります。
魔術は無意識への刷り込みを活用する、一種の催眠術であり思い込み。
自己評価が低ければ困難になるでしょうね。

 

後ろの方々の許可を得てから霊視するルール

 

私が霊視をする時は、ご来店(ご連絡)くださった時点で既に後ろの方々がご依頼されています。
後ろの方々のご依頼がなければ、私は霊視を引き受けません。
又は生死に関わるようなことの場合は、私の方から後ろの方々へコンタクトを取り許可がおりれば霊視出来る、といった具合です。

 

こんな面倒な手順を踏んで申し訳御座いません。
皆さん、霊視に興味はお有りのようですが、私は後ろの方々の許可なく本人にお伝えするのはルール違反だと思っております。

 

輪廻転生を繰り返し魂が修行する中で、転ばぬ先の杖をついてしまうのはルール違反だと思いませんか?
そりゃ、転ばないに越したことはないでしょう、と。それも正論です。
しかし魂は修行をする為に、徳を積む為に現世におられるのです。
何度も何度も、何年も何年も、途方もない時間をかけて繰り返されてきた修行の一部を、やれ私は霊感があるからと言って聞いたこと何でも口にしてしまうのは、宇宙の理を破ることだと思うのです。

 

因みに魂の時間では地球時間だけではなく、本当に広い宇宙を旅しているわけで、ずーっとずーっとずーーーーっと前の前世は宇宙人だったなんてこともあるそうですよ。
そんな途方に暮れるような長い時間かけて積み上げたもの。
そして必要な人には必要な分のものが必要な時に訪れるという宇宙の法則。
宇宙時間で見ればほんの刹那の興味本位で聞いて、喋っていいことではないと思いますの。

 

何人もお断りして本当に申し訳ないのですが、こういう裏事情がありまして、ご理解頂けたらと思います。
断られたら、まだその時ではないと、寛大に思って頂ければと。

 

人それぞれやり方が違う

 

しかし私の霊視は、とても面白いやり方をするんだね、と言われた事が御座います。
前は明るい最中でもやっていたのですが、最近は必ず部屋を暗くしてやるようにしています。

カーテンを閉め、依頼者さまには東を向いて頂き、対面する。 テーブルにはキャンドルと香。

 

このやり方は降霊術でよく見られるものなのですが、私は決して降霊術はしませんしイタコじゃないんでね(ずっと昔の前世はイタコだったらしいのだけど)私はこのやり方の方が、普段魔術をやっている身としてはトランスしやすいんですよ。
トランスになれば、高速通訳(笑)が出来るようになるわけで。
もの凄い集中力を必要としますから、手早くやった方が、その後の回復が良かったという理由もあります。

 

メモとティッシュ持参ください(追記)

 

ここで依頼者さまはメモを取って頂くなりした方が、いいと思います。
私は通訳した言葉を極力忘れるようにしていますので。
覚えてはいるのですよ、記憶はあります(ですので憑依=降霊術ではないのです)。
ですがやはり魂にもプライバシーがあるでしょうし、私も3歩歩けば名前まで忘れてしまう鳥頭なもので…。

 

そんな精神力も体力も使う大変な霊視なのですが、私はこれが好きです。
霊視をやった方は、ビフォーアフターで別人になります。よほど頑固でない限り。

後ろの方々が仰っていることは、時には励ましの言葉であったり、叱咤もあります。
注意すること、特に生き方やものの考え方、捉え方に関する事が多い気がします。

 

ティッシュやハンカチなど泣いてもいい装備でご来店ください。

泣かれる方がほとんどです。ポケットティッシュでは足りない人もいらっしゃいます。

お化粧も崩れてしまうかもしれませんので、化粧ポーチが必要な方はご持参ください。

 

質問をしてください(追記)

 

トランスに入った私は後ろの方々と通じている(電話回線が繋がっているようなもの)ので、本人が質問を投げかけないと返事が来ません。

霊視をご依頼する際には、予め質問を考えておいてください。

また「沈黙が答え」の場合が多々ございます。これはその質問には答えられない、答える時期ではない、論点がズレている場合です。

私が沈黙した時は質問の言葉・聞き方を少し変えてみてください。

 

たまに質問とは遠い答えや、意味が分からない・腑に落ちないことが返ってきます。

納得するまで聞いても良いのですが、最終的には後ろの方々のお言葉を「受け入れる」方がご本人様の幸せの近道です。

 

共通点は「この世は空っぽ」という真理

 

共通して言えるのは、 「この世はからっぽ」という理を悟らせようとしているのではないかと、本当に思います。
私、般若心経の項で何度も繰り返しました。大事なことなので何度も言います。

 

この世はからっぽだし、変化して流動するもの。
強者どもが夢の跡のように、この世は移ろいゆくもの。

 

そしてここで私の後ろの方が付け足してこれも書いておけと仰っています。

 

執着を手放す事は恐れを手放すこと。

みんな怖いから、自分のものにしようとする。所有しようとする。

それを持っていれば安心できるから。

だけどね、それは宇宙の真理に反しているんだよ。

この世は最初から何もない。貴方のものなんて最初から何一つない。

その魂も、その体も、貴方のものではない。自然の、宇宙のものだよ。

物質に拘るのは、そこに執着をして、安心したいから。

だけど本当の安定は、執着を手放して、恐れを手放すことなんだよ。

 

ということで、霊視はこのような感じです。
因みにこれを仰っているのは私にはいつも青い光で現れてくる姿のない、指導霊と呼ばれる存在の方です。私の、先生です。

 

私の指導霊は「先生」

 

先生に色々なことを教わりました。いつも優しく教えてくれます、あの様な言葉で。
しかし皆さんの指導霊もこの様な言葉を使いますから、霊の世界というのは本当に安らかで争いや怒りなどない世界なんだろうな、と思います。

 

先生に色々教わると、物質の世界への執着がだんだん無くなるんです。
例えば恋愛で悩んでいる、対人で悩んでいる、お金で悩んでいる。
だけど先生の教えによれば、全てはからっぽで最初から持っているものなんてないのだから、悩む必要なんてないんだよ、と言います。
私もその通りだ、悩むなんて馬鹿馬鹿しい、もっと愉しいことをしようとなります(笑)。

 

そして先生は私に魔法のように、忘れるという術を授けてくださいましたね。
忘れるというのは素晴らしいんですよ、私は一晩寝ると忘れるんですよ、綺麗サッパリと(だから鳥頭なんですけど)

 

魂が泣いたり、喜ぶ

 

ここまでお読みになってまだ宗教だの、スピリチュアルだの、狂信者だの、オカルトだのと仰るならば私は先生から教えて頂いた宇宙のビックバン、世界の半数以上を占めるキリスト教について、人間の脳と電流と細胞の仕組みに至るまで懇切丁寧に解説する事が出来ますので、一晩お付き合いくださいまし。

 

私は長い時間をかけて、先生から色々なことを教わってきましたが、霊視を依頼される方の殆どは、後ろの方々との交信は初めてになるわけで(自然に享受されている方もいらっしゃいますがそういった方は寧ろ私が霊視するまでもないでしょう)私もそうだったように、それを聞くと涙が出る程感動し、よっぽどの頑固者でなければ、ああそうかと納得し、糧に成ると私は感じます。
本当に、本当に、最初の単語一つだけで涙がこみ上げてくるんですよ。
私も一緒に泣くことがあります(笑)。

 

私はそれは、魂の喜びだと思います…。
気づきというのは詰まり、宇宙の真理を知ることなのです。
魂は成長するために七転び八起きを繰り返し、何度でも事象を起こして気付かせよう気付かせようと、復習ドリルをやっているのです。
長い時間をかけてやっと掴んだその気付きに対しての、喜び。なんじゃないかな。

 

私は先生と交信をする時、孤独から開放されるような、励ましが多いです。
「ねえ、もっと愛される事を受け入れて。今まで本当に辛かったね、一人ぼっちだったね」
と言われた時に(これはとあるシャーマンのお方が通訳してくださったのですが)私自身は家族も好きだし友人にも恵まれ、決して愛されない訳ではないし、そう自覚しているにも関わらず、ずーっとずーっと昔から長らく愛に飢えた獣のように、体の底から涙がこみ上げてくるんです。
それは魂に対して先生が仰った言葉であって、現世の私に対してではない。
そういうことだよね?

 

私の役目

 

私はそういった言葉を通訳する為にこの能力を授かったのだと、そして先生もそれを人の為に使って、どんどん真理を教えていきなさいと、そして記録に残しなさいと言われています。
(ここ重要で、日本人てのは昔から研究成果を自分のものだけに留めておきたいとするんですよ。
日本のからくり人形の技術は素晴らしいのに設計図が残ってない、残念だって。)

 

私は仕事と思ってきっとこれをやってないですね、この店を。
確かにやりたいことなんですよ、好きな事ですし、自分にも合ってると思います。接客も。
ですが私が一番に考えるべきことは、こうしてブログを綴って研究成果を残していくこと、そして皆さんに世界の真理をお伝えして自然回帰に、ラクに生きて頂くことだと思います。

 

黒猫魔術店に出会ったのも、私に出会ったのも、それも全て必要だからそうなりました。
必要じゃない人には黒猫魔術店の存在なんて本当に知らないのです。
だって、「え?占い? なにそれ当たるの?」で終わるじゃないですか。

 

私は決して感情的な人間とは言えないので、愛等の情よりもメリットデメリットを考え自分の使命を如何に遂行するかを考えて行動するように出来ているようですので冷たい人間に思われがちなのですが、逆を言えば使命の為なら何でもする、何も恐れないといった節が御座います。

 

なんにも執着していないので(人にも、金にも、物にも)、将来のこと、対人関係、死ぬことすら怖くないんですよね。
ある意味物質の世界では非常識な人間です。

 

執着は私もここ最近やっと手放すことを覚えられたのでやれといってもすぐには無理なのかも知れませんが。
これも気付きの一つで覚えておくと本当にラクに生きれます。
そして許可がおりた方のみになるのですが、霊視は本当に感動一杯です。
私の命が尽き果てるまで、どんなに体力精神力磨り減ろうともやっていきたいと心から思います。
私もきっと一緒に感動して魂成長させて貰っているのですね。

 

スピリットリーディングご依頼方法(追記)

 

私が長らく大病を患っておりましたので、以前まではメルマガ「黒猫怪奇新聞」からのご依頼となっておりましたスピリットリーディング。

ですが現在は完治しましたので次のような流れでご依頼を承っております。

 

ブログ記事>霊視カテゴリ内の記事をご一読頂きご理解頂きます。

全て記事内に書いてありますので霊に関することへのお問合せ・ご質問はご遠慮くださいませ。

 

先だって黒猫魔術店LINEまたはお問合せフォームより「霊視依頼の内容詳細」を書いてお問合せください。

例:仕事について、恋愛について、という大枠のテーマと、今の状況をお書き添えください。

蜜猫が拝読致しまして、この時に上記で記した「後ろの方々に通訳しても良いか」をお伺いします。

OKとなった場合に、こちらのカートからご注文頂きます。

 

 

注意事項

 

  • 決済が完了してから日時の打ち合わせを行います。
  • 黒猫魔術店へお越し頂くかたちの対面のみで、電話やメールなどでの鑑定はできません。
  • ご本人様と1対1で行わなければいけませんので、お連れ様がいる場合はカフェなどでお待ち頂きますようお願いしております。
  • 同じ理由から、お子様やペット同伴はできませんのでご了承ください。
  • 質問について「運命」や「未来は幸せか?」「死期」などにはお答えしない霊が多いです(本人の努力に付き従うのが霊の在り方のようです)

 

 

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道教思想と西洋魔女思想の共通点・黒猫的見解

道教思想と西洋魔女思想の共通点・黒猫的見解|黒猫魔術店

今宵は2018年10月に魔女柘榴が行った台湾修行について、道教思想と西洋魔女思想の共通点の話。

老子のことばと魔女の教えに共通すること「ただ自然であること」とは何か。

道教の教えのほんの一部ですが魔術にも大事な考え方!

 

道教思想と西洋魔女思想の共通点・黒猫的見解|黒猫魔術店

 

道教とは

 

お恥ずかしい話なのですが、私は台湾を訪れるまでこれが道教思想である!
という予備知識が微々たるものしかありませんでした。
勿論、一般常識程度のものはありましたが、それを人に説明するとなると・・・といった感じです。

 

ですので発つ前に少し調べてみました。
すると、『道教』は調べれば調べる程奥深く、宗教的にも哲学的にも底が知れないものだと衝撃を受け、その衝動のまま関連書籍を購入するに至りました(笑)
(丁度木星射手座入りも近かったのでその影響もあったのかもしれませんね)

 

さて、そんな風にとても興味深い『道教』ですが、その根源的なテーマは『道(タオ)』への求道だと云われております。
『道』という言葉だけなら映画や漫画などでもモチーフとして取り上げられることが多く、詳しくはないけど知ってる!という方が多いかと思います。

 

  • 道教には『哲学的な側面』と『宗教的な側面』がある
  • 『道(タオ)』とは、宇宙と人生の根源的な『不滅の真理』を指すとされる
  • 『道』という字自体もしんにょうが終わりを、首という字が始まりを表わしており、対極にもある『二元的要素』を指す
  • 老子を祖としているが、一方でその存在自体を疑う声もある
  • 道教の経典『道教経』、初期の教本として『荘子』、『准南子』がある
    その中には宇宙と調和している『道』に従う理想的な生き方や、人々と宇宙の関係、瞑想の実践などがまとめられている
  • 道教のシンボルである『太極図』は、能動的・活動的である『陽』と、受動的・休養的(活動の反対語としてではなく、「対のもの」対照語としての意味合いで引用はこちらを採用しています)である『陰』が調和していることを表わす図のこと(Wikipediaより引用)

 

  • 老荘思想(道家)を道教の源とみなす。
  • 老子を神格化して太上老君・元始天尊などとする。劉向が神仙に加え葛洪が最高位とする。
  • それゆえ「道」(タオ)を思想する。また「気」の身体への出入りを重視する。
  • 深山幽谷に住む仙人のイメージをふくらませて、長生長寿昇天を主たる教旨とする。
  • 古来の「卜占」「蠱術」や「鬼道」(シャーマニズム)を利用する。
  • 陰陽五行説や占星術や「易」を援用する。
  • 長生のための養生術を衣食住に及ぼし、さらに房中術(男女の性愛術)にも及ぼす。
  • 消災滅禍のための「方術」「道術」をつかう。またその訓練をする。
  • 錬丹術や錬金術を追求し、金丹などの薬物生成に長じる。
  • 独自の護符(霊符)を多用して、ときに調伏もする。
  • 神仙道と天師道を混合する。
  • しだいに教団をもつ「成立道教」(教会道教)と民間信仰として広がる「民衆道教」に分かれていく。
  • どんどん道教の神々をふやしていく。
  • 風水も気功も、武術も漢方もとりいれる。(Wikipediaより引用)

 

宗教民俗学者、窪徳忠が簡潔にまとめたところによると、以下のように簡潔に説明している。

 

古代の民間の雑多な信仰を基とし、神仙説を中心としてそれに道家(老荘思想)、易、陰陽、五行、卜筮、讖緯、天文などの説や、巫の信仰を加え、仏教の体裁や組織に習って宗教的な形にまとめられたもので、不老長生を主な目的とする現世利益的な宗教である。(Wikipediaより引用)

 

このように様々な方面からも云われている道教思想。
実に興味深いと思いませんか?

 

道教の歴史

 

道教の歴史は古く、漢王朝時代(紀元前206年~220年)には宗教的な意味をもち始め、老子を神として崇めていたようです。
しかしながら確かな資料が残されていないため、その原型となるところ体系化され道教というかたちになる以前から存在していたかもしれません。
この頃、道教を信仰していた人々の中で最もその教えに長けた者は、信者を不死に導けるとされていました。

 

この『不老不死』への道を求める人々が練丹術を生み出していくことになったようです。
(ただしご注意いただきたいのが、人々が求めた『不老不死』の意味の解釈が違うということ。練丹術においてもそういう霊薬がつくれるなんてのは到底、現実的ではありません。この理由については長くなるので省略します)

 

その後、唐王朝時代(618年~907年)頃には宮廷でも道教が広まり、寺院が国家レベルで建立されるようになりました。
隋が滅びて唐の時代に替わった頃(日本でも遣唐使らによって仏教がもたらされ、聖徳太子や蘇我馬子によって『天皇記』や『国記』がつくられた頃)ですね。
天皇や権力者たちは積極的に仏像や寺院を建立していたので、どこのお国でも移り変わっていく世の中や疫病から、『誰か』に救いを求めようとしていたのかもしれません。

 

仏教、儒教、道教の違い

 

そもそもなのですが仏教、儒教、道教では全く性質が異なります。
細かい所は長くなりますので、今回のテーマでは詳しく言及致しません。

 

ざっくりと解説致しますと仏教での信仰対象は如来や菩薩などの多くの神々です。
仏教ではこの世の真理について『悟る』ことで幸せに生きるにはどうすれば良いか?という知恵を授かり慈悲の心を説くものだとされます。
信仰する人々はこれらの神々の慈悲の心によって悩みや苦しみから救われるというのが仏教です。

 

儒教は孔子が創始者ですが、分類的には無宗教であり、信仰対象としての神などはなく、人との関わり方を教える道徳的・宗教的なものとされます。
ですので、行動学や心理学といった学問といった方がしっくりくるのではないでしょうか。
特に『仁』についてのことばが多くあり、最も高度な愛といえる『仁』とは何か、について学ぶことができると思います。

 

道教は、老子や荘子を創始者とし、信仰対象の神々は多数(三清:道教における天(玉清天、上清天、太清天)をさす)であり、哲学的・宗教的なものだそう。
哲学的な面としては特にこれを信仰せよ、ということは言及しておらず、生き方のヒントを教えてくれるところは他の宗教と類似点が多く見られます。
道教もかなり寛容なところがあり、宗派によっては仏教や儒教についてもそれぞれにないものを補い合うべきと教えるものもあるようです。

 

このようにどれかが優れている、いないではなく『性質』が違うということを念頭に置いておくと、それぞれの宗教に対しての見方が変わってくるのではないかと思います。
現にアジア圏の中でも中国では仏教がほとんどを占めるのに、台湾では逆転して道教がほとんどを占めているというのもその辺りが関わっていそうです。

 

どの宗教でもそうですが、お国によって信仰人口に偏りが見られるのもとても興味深いですね。

 

道教と魔女の思想の類似点

 

道教は元々中国の民衆から自然発生的に生まれた民俗宗教に、老子や荘子の哲学的思想が加わったことで教えが体系化されたものだそう。
道教では人間ならば誰しもがもつ「幸せになりたい」「長生きをしたい」という願いを叶える方法を説いてくれます。

 

だからこそ「願いを叶えるためにはどんなものでも受け入れる」という考えが生まれたのだと思います。
だって、本当に本気で叶えたい願いならば、手段は選ばず、藁をも掴み、どんな労力をはらってでも叶えたいものでしょう。

 

「労力をかけたくない」「時間がない」「お金がない」「どうせ私って○○だから」なんて言い訳している時間こそ勿体ないと思いませんか?
『時は金なり』ですものね。タイムイズマネー。

(だから最近流行の『商品は欲しいけど原価かかってないんだから値下げして売ってよ』という人とかは、そもそも何か願いを叶えようと思ってもダメだと思いますね。理由は言わずもがな)まぁそれはさておき。

 

道教と魔女の思想の類似点が多い理由としては、恐らく民俗宗教がもとであることが所以でしょう。
生活の中でこうすると良かった、というのが口コミのように広まって、親から子へ、子から孫へと伝えられてきた数々の叡智が一つの「信仰」として根付いたのだと思うと、とてもロマンがあります。

 

魔術的な「願いを叶える」とは

 

実際、魔女の教えで「このハーブはこういうことに使われる」「恋愛の願いにはこのお守りをもつといい」といった部分もこのような歴史から生まれたのだろうと思います。
誰だって幸せになりたいし、できることなら病気せず長生きをしたいと願うのは当然でしょう。
だって生命の本質は生きることと増えることですからね。

 

じゃあ具体的に「幸せ」ってどういうことをさすのでしょうか?

好きな人と永遠に結ばれることですか?
一生困らないお金があって、死ぬまで遊んで暮らすこと?
あなたは『本当にそれが最終的な幸せ』で、それさえ手に入れば満足して死ねるのでしょうか?
いいえ、恐らく違うでしょう。

 

あなたはそれが理解できない限り、好きな人と永遠を誓い合ったとしてもきっと満足できません。
相手の心が確かに自分のものになり、確実に裏切らないという保証が得られるまでは次から次へと求めてしまいます。
死ぬまで遊んでいいと言われても、あなたは途中でそんな人生を味気なく思い、別のものを求めるでしょう。

 

お金があったとしても、物々交換ができるだけで『そのもの』にあなたは最終的に価値を見出せないかもしれません。
そりゃあるに越したことはありませんよ。
お金があることで『時間を買えたり』、『手段が増えるから』です。

お金はお金ですから、結局「どう使うか」が大切です。
宝くじで当たったとしても、家や車を購入してローンを返済し、じゃあその後どう増やしていくのか?
まで考える必要があります。
・・・となると、結局我々が本当の意味で欲しいものは生きている内には手に入らなそうですね。

 

引き寄せのブレスレットでも常々申し上げておりますが、『欲しい』と思っている内は手に入らないものなんです。
ここで「じゃあ具体的にどうすればいいんですか?」とよく質問を受けますが、ブログに書いてあります。
それが最大のヒントです。

 

道教も魔術も教えることは難しい

 

老子は始めに、「道の語られ得るものは、絶対の道ではない」と説いています。
言葉で言い表すことのできるものは『真の道』ではなく、『真の道』とは己自身で見出さなくてはならないということです。
勿論経典のことばや教えは大切ですが、あくまでひとつの道筋です。

 

例えば我々が願いを叶えるコツとしてブログの記事にしたためたりしても、それに対して「具体的にはどうすれば良いのか」、「これが正しいかわかりません」というお声があります。
少数ですが、ブログを読んだと言いながら全くご理解されていない方がいらっしゃることも事実です。

 

『正しさ』や『正義』は立場によって変わります。
絶対的な正しさなんてものを求めようとすれば本末転倒です。
結局はあなた自身が思うところが正義なのです。

 

また、言葉にした時点でそれは我々の思うものとは別物となってしまいます。
相手の心は相手のものです。あなたのものにはなりません。
だって親子であれ、恋人であれ、別の個体、別の生命体(エネルギー)ですからね。

 

100%相手のことがわかると言う人は疑ってかかった方が身のためですよ。
だからこそ我々のことばも100%だと思わないで下さい。
『この人は100%本物で、この人のいうことを聞いていれば絶対に幸せになれる』『だから私にその全てを教えて!』というのは大間違いです。

 

魔女のルールにおいても「全てを教えてはならない」という決まりがあるのは、それを防ぐためであり、その人自身の成長の妨げにならないようにするためです。

 

人が成長するとは何か

 

例えば幼いこどもが道を歩いていて、道端に尖った石や危険な遊具があったとします。
大人はそれが危険なものだとわかっているので、先回って石を取り除いたり、危険な遊具に近付けないようにするかもしれません。
大人はこどもが怪我をしないことに安心するでしょう。

 

ですが、そうやって育ったこどもは石や遊具がどんなもので、どんな危険があるのか理解しないまま成長してしまいます。
命にかかわるようなことを放置するなとはいいません。
大事なのは「何故危険なのか」「それはどんなものなのか」を己自身で考えること、考えさせることだと思います。

 

「私は放任主義なの」という方は、『無関心でいること、無責任であること』を『自由にさせてあげること』だと勘違いしていませんか?

テレビや本のいうこと、親や先輩方のいうことを100%聞いてしまうのは何故でしょう。
それは、あなたがあなたの行動や生き方に自信や責任がもてないからです。
万が一失敗しても、「あなたを信じたのに裏切られた」「嘘つき」だと責任を転嫁できるからです。

 

人類は全であり集合体ですが、あなた自身は『個』であり一です。
あなたの人生はあなたのもので、あなたが信ずるものこそ正義であると。
あなたが信じていることならば、あなたは惜しみなく努力をして力を発揮することができるはずです。

社会では人と関わりをもたずに生きて行くことはできません。
自然も同じで、移り変わり、常に変化していくものです。
すべては独立することなく、つながり、内包し、『存在しながら存在しない』ものなのです。

 

『ただ自然であれ』

 

老子の短い言葉です。
孔子が老子の元を訪れて、道徳というものについて尋ねたエピソードがあります。

 

孔子は『人が善き品格を養うことこそ最高の成就』だと考えていたようですが、老子は笑ってこう言ったそうです。

 

「品格のある人間は、そもそも品格などというものが存在するという事実さえ忘れているもので、道徳という言葉が何を意味するのか知りはしない」

 

そう言われ、孔子はただの老いぼれだというその男のもつ何かすさまじいものを感じて、空恐ろしくなり、震えながら逃げ出した。
そして弟子たちの元に震えながら逃げ帰ったあと、老子のことを「死そのものである」と表現しています。

 

自然であるならば、不必要に他者を傷付けることもなく追い求めることもありません。
道教も魔術も、どちらも内省的で自然なかたちであることが重要だとされます。

 

『道』について学びながら考えることは老子のことばと、魔女の智恵。
『人も自然の一部である』ことがキーになっていそうだと常々感じるのです。

 

願いを叶えるヒント

 

道教でも魔女の教えでも、人や自然を完全にコントロールしようとするなという教えがあります。

 

脳科学の分野において『セルフコーチング』というものがありますが、これは脳の仕組みを理解した上で自分自身を客観的に見て、上手くコントロールをしていく方法です。
ですが、その自分自身ですらきちんと受け入れることができていないとこの方法すら難しいのです。

 

そのための一つの手段として西洋占星術やタロット、ルノルマンやルーンなどがあるのですが、これを『自分を受け入れる』手段として使わないと占いに翻弄されるばかりになってしまいます。

 

蜜猫さんが既にブログ記事でご紹介されておりましたが、『占い』は未来予知でも何でもありません。
悪い結果が出たから悪い、良い結果が出たから良いという訳ではありません。
おみくじもそうです。
結果を過程として見れないと全く逆効果だと思います。

 

老子はこのようなことも言っています。

 

『故有無相生、難易相成、長短相形、高下相傾、音声相和、前後相随・・・』

有と無は互いに補い合って成長し、難と易は互いに補い合って完成し、長と短は互いに補い合ってコントラストをかもし、高と低は補い合って傾斜をつくり、音程と声とは互いに補い合ってハーモニーをつくり、前と後は互いに補い合って結びつく・・・
(訳:『TAO 老子への道 上巻』より 著者:OSHO)

 

一方を良いもの、悪いもの、と決めつけるとそこからバランスは崩れて行く。
どちらも存在するものだと受け入れることから『道』は開かれる。
『求めよ、さらば与えられん』とはイエスの言葉ですが、これについても同じことが言えます。

 

『求めたのに与えられなかった』という人は自分の心に問うてみて下さい。

あなたが欲しいものを求める相手は間違っていませんか?
その動機は正しいものでしょうか?
欲しいものだけ得ようとしてはいませんか?

神であれ、人であれ、価値観は己とは違うものです。
だから求めても得られなかった時はその事実を『受け入れるところ』からスタートだと思います。

 

完全なコントロールは不可能であり、ありのまま受け入れるということは、最も簡単で難しいことです。
これができるならば誰もが『願いを叶えることができる』でしょう。

 

あなたも老子である「ただのあなた」

 

完全を求めず、完璧を求めない。
不完全だからこそ当たり前で、自然であり、美しさを見出すことができるのかもしれません。
老子には、そんな不思議な魅力があると思います。

 

老子は神ではありません。
神のように見えるかもしれませんが、知れば知る程、『一人の老人』であると感じます。
彼は自然に、当たり前に存在していたに過ぎません。

 

老子は誰の心にも在り、あなたも、彼を知ることで老子になれるのです。

 

魔女であろうと誰であろうと、あなたは何者にもなれます。
『あなたがあなたを受け入れること』
自分自身の最も本質的な部分を受け入れること。

 

醜さも美しさも分けず、痛みも楽しさも内包した、それが『自分』だとまず、感じてみて下さい。
強く在ろうとしないで良いのです。
そこから『道』は開かれる。

 

これが願いを叶えるヒントです。

 

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台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

今宵は2018年10月に魔女柘榴が行った台湾修行について、歴史的建造物と自然が融合された風景について語りたいと思います。

台湾台北の風景は古きもあり新しきもあり、絶妙なバランスで融合しています。

その景観作りは台湾人の精神性から来ていると思うのです!

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

台北市内の当たり前の風景

 

今回の研修旅行では台北市内を探索してきたのですが、興味深いのは建物の造りだけではなく、その土地の人々の生活にごく自然に溶け込んでいるというところ。

 

ビルが立ち並んでいる街中の、至る所に大きな樹がどっしりと鎮座していたり、植樹されたものであっても葉っぱが力強く、青々と生い茂っておりました。
あまりに瑞々しく茂っているものですから撮らずにはいられませんでした。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

台北市内はとても広いので、空港から市内へ至る車窓からも様々な風景を見ることができます。
山林と工場、街中の田園、古いビルと新しいビル、アパートやマンションに挟まれた賑やかな寺院。

 

そんな風に色んなものが混在しているのにちぐはぐにならず、全てが混ざり合って溶け込んで一つになっている。
そんな不思議な景色でした。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

マンションやアパートにもベランダがあって、そこにわさわさと茂る観葉植物や花があり、家庭菜園のやり方もかっちりしたものではなく、自然に大きくなっていくのに任せているようです。

 

でも雑草一つないプランターで、とても丁寧に手入れもされているんだなと感じました。
化学肥料のようなものは露店やお店などでまず見なかったので、もしかすると実際、茶がらなどを肥料として使っているからかもしれません。

 

そして何より、街中が綺麗なのです。
観光地ということを抜きにしても、例えばビル街の道路や地下鉄などごく普通に暮らしている場所であってもポイ捨てされたごみが見当たらない、使われている公園が綺麗だったり、溢れかえっているゴミ箱がないなど・・・とてもマナーが良いと感じました。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

正直なところ、私自身はかつて世界一マナーが良い、礼儀正しいと云われていた日本人はもうすでに一部にしかいないように感じておりまして、台湾で最も賑やかな観光地である台北市内での光景にとても衝撃を受けたのです。

 

更に、建ち並ぶ真新しいビルと廃墟のように物寂しげなビルも隣合わせに並んでいたり、大小の公園は地域の憩いの場らしく、老若男女を問わず、思い思いの場所で寛ぎながらゆったりとした時間を過ごされているようでした。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

高級マンションが建ち並ぶ場所のすぐ近くには多くの学校があり、そのほとんどの校舎は歴史が古いようで壁はボロボロだったりするのですが、セキュリティ面や国際的な学科も豊富で台湾の教育機関の充実ぶりも伺うことができました。
(学校の外観も撮影したかったのですが、撮影禁止のようでしたので写真はありません。)

 

学校の建物自体も建築を勉強していた身としてはとても興味深かったのですが、現物を見て歴史を感じられた方が良いでしょう。

 

台湾市内のド派手な建物、慈祐宮

 

台北市内にも寺院とは別にたくさんの建造物がございます。
饒河街観光夜市の『慈祐宮』も夜行くと物凄くド派手で迫力満点なので、フォトジェニックをお求めの方におすすめです。
松山駅すぐ側、夜市のすぐのところにあるのですが時間に余裕のある方は是非中まで入って細かい装飾までもご覧あれ。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

遠すぎて良く見えませんが、上にいらっしゃるのは・・・三体並んでいるので月下老人、関聖帝君、文昌帝君・・・でしょうか?
門のところの龍の装飾も見たかったのですが、あまりの人混みに断念しました。
今度ゆっくり見に行きたいと思います。
(饒河街観光夜市には美味しい『胡椒餅』を売っているところもあるようです)

 

日本と関わりある歴史建造物、中正記念堂

 

そして歴史的建造物には日本と関わりのある場所もとても多く存在しております。

『中正記念堂』は台湾の初代総統である『蒋介石』が逝去されてから建立されたところです。
とにかく規模が半端なく大きい。
写真に映っている人々の大きさからその規模をお察し下さい。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

お堂の屋根中央は上から見ると八角形、正面から見ると『人』という字が天に向かう形の造りで、八角形の屋根は『忠・孝・仁・愛・義・和・平』を象徴しているそうです。
この辺りは儒教も混ざっていそうですが、相反する道教文化も内包する台湾の姿が見られますね。

 

敷地を一周するだけで中々ハードなマラソンコースになりそうで、現地のランナーさんたちも見られます。

 

歴史については今回は省きますが、彼は日本に留学していた過去もあり、日本で孫文と出会っています。
妙なご縁がありますね。

 

さて、驚くべきはこれだけ大きな建造物でありながらごく当たり前のように人々の生活に密着しているところ。
こちらのオレンジ色の屋根の建物は中正記念堂の敷地内にあるのですが、それぞれ音楽ホールと歌劇場として実際に使用されています。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

宝塚のポスターが貼ってあったので、もしかするとこちらの歌劇場で行われるのかもしれません。
建物の前のスロープでは結婚式の写真を撮影している新婚さん方がいらっしゃいました。
二つの建物は向かい合うように対で造られているようです。

 

中正記念堂は敷地内に3つの建造物(門は含まず)で構成されています。
そしてやはり自然やビルとの融合もすごく自然。
不思議な感じがしますね。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

衛兵の交代式は時間が来たら見ることができます。
この衛兵さんたちは交代の時間が来るまではびっくりするほど微動だにしないので、蝋人形か何かかと思うくらいすごいです。

そしてこの衛兵に選ばれることは大変名誉なことであり、身長や容姿だけではなく厳しい審査を通った者だけが衛兵として仕事をすることができるのだそうです。

つまり彼らは選ばれしイケメンたち・・・!

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

それは観光客に見られるからという理由もありますが、台湾の方々がそれだけの覚悟と礼儀をもって国の父とも呼べる彼らを尊敬しているからなのでしょう。
蒋介石の銅像は総統府や中国大陸のある方向を向いて静かに佇んでいます。

 

『総統府』や『国父記念館』だけではなく、最高司法機関の建物なども日本の方の設計なのだそう。
『総統府』の外観は東京駅とよく似ています。

 

ちなみにこういう建物は一般公開されているところもありますが、それ以外で勝手に敷地内に入ったりすると容赦なく撃たれることもありますので気を付けて下さい。
それだけ台湾の人々に大切に想われる場所なのでしょう。

 

人と歴史、建造物と自然、全てが融合

 

このように、台湾はとても文化や歴史といったものもとても大切にしていて、しかも驚くほど建物はバリアフリー化されています。
スロープは勿論のこと、エレベーターやトイレは通常のものとバリアフリーのもの両方設置されていたり、授乳室やおむつ交換台、ベビーカーや車いすの貸し出しも当たり前。
ムスリム用礼拝室や本屋さんや郵便局、医務室まで備わっているのです。

 

寺院だけではなく様々な場所を訪れてみましたが、とにかく景色の中は様々なものが綺麗に混ざり合っているのがよくわかります。
どのような歴史でも結局つくるのは人間ですからね。
古いものと新しいもの、いびつなものもあるがまま受け入れて、人の手で美しく磨き上げることができるのだと実感します。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

そんな風に自然のいびつさも愛されているようで、台湾はとても素敵な文化や意識が根付いていると感じました。
西洋でも当たり前にある自然への感謝と共に生きることと、過去は歴史として大切に扱うこと、古きも新しきも自然なかたちで溶け込んで混ざり合う姿。
これがつまりは『世界の本質』部分であり、『宇宙の理』なのではないかと思います。

 

仙人のように潔癖でいようと世俗から離れて自然の中で生きるのではなく、世俗もまた自然であるという考えが道教の教えの中にもあります。
全てが同じではないにしろ、台湾にも確かに自然と共に生きる文化が根付いているのだと感じます。

 

 

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国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)∦

今宵は2018年10月に魔女柘榴が行った台湾修行について、国立故宮博物院について語りたいと思います。

ここは中国や台湾の歴史の移り変わりの品々が多く展示されている博物館です。

中でも翡翠や瑪瑙などの鉱物に惹かれる!

 

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)∦

 

お宝だらけの国立故宮博物院

 

市内から少し離れた山間部にある『国立故宮博物院』。
地元台湾の方々も多く訪れる人気の観光スポットですが、展示されている至宝の数なんと約69万点とのこと。
そのうち宋、元、明、清の皇帝たちが収集した陶磁器や玉器など2万点ほどが展示されています。

有名で絶対にこれは最低限、見るべきだとガイドさんが教えてくれたものをご紹介します。

 

翠玉白菜

 

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)|黒猫魔術店

 

『翠玉白菜』は瑾妃(光緒帝・清の第11代皇帝の妃)の嫁入り道具として子孫繁栄を願いつくられたとされ、バッタやキリギリスも一緒に彫刻されています。
そんな理由からか、台湾の人気のお土産屋さんでも縁起物としてよく見かけます。

 

ちなみにこの翠玉白菜とは一つの『ヒスイ輝石』の原石から彫られたものです。
空洞があったり質の悪い(例えば色に透明感がないだとかまだらになっているもの、緑みの少ないものなど)をうまく彫り込んでいくことで味になるのです。
自然の持ち味を活かした芸術作品、是非拡大して見てみて下さい。

 

肉形石

 

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)|黒猫魔術店

 

肉形石は瑪瑙(アゲート)系の鉱物を豚の角煮そっくりに彫刻したものです。
見て下さい、この肉感・・・近くで見ても美味しそうです。
こちらの彫刻も天然の鉱物を活かしたつくりになっています。

 

彫象牙透花雲龍紋套球

 

こちらは1本の象牙からつくられたもので恐らく展示物の中でもトップクラスで彫るのに時間のかかったものだろうと思われます。
象牙を球体に削り出し、第一層の穴から次の層の模様を彫り込み、またその内側の層へ・・・という風に外側から内側へ彫り込んでつくられています。

 

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)|黒猫魔術店

 

拡大してみると、層の薄さや細かな模様などがとても美しい彫刻です。
第一層には9匹の龍が球体に巻き付くように立体的に彫り込まれています。

 

その他、沢山の至宝たち

 

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)|黒猫魔術店

 

こちらは翡翠の屏風です。
細やかな飾り彫りがとても繊細ですが屏風なのでとても大きいです。

 

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)|黒猫魔術店

 

東洋の剣なども展示されていました。

 

蝶か魚か?

 

国立故宮博物院の鉱物とパワーの見解(台湾修行)|黒猫魔術店

 

↑正面から見ると蝶が飛んでいるのに、斜めに立てられた鏡に映すとなんと泳ぐ魚に見えます。

 

鉱物にパワーが宿ると信じられている

 

また、『国立故宮博物院』に展示されているものの他にも、台湾では鉱物にもパワーが宿っている、という意識が当たり前のように根付いているようです。

 

『七彩玉』というものがあるのですが、こちらは是非画像を検索してみて下さい。
台湾の東海岸側の山脈でとれる鉱石で、蛇紋石質と台湾翡翠の玉質が含まれて見事な色彩をもつので『七彩玉』と命名されたそうです。
現代では温度を加えることで台湾翡翠の色彩をより鮮やかにしているようです。

 

色んな色が混ざり合ってとても美しい模様をつくりあげているのですが、日本だとケバケバしいとか言われそうですね。
一つとして同じ色味や模様のものがなく、大きさや形も価値もバラバラです。
原石だとビスマス結晶みたいな色で私はこちらの方が好きです(笑)

 

 

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ティルタエンプル寺院の聖なる湧水とお祈り(バリ修行)

ティルタエンプル寺院の聖なる湧水とお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

バリ島中部、ウブドの北にあるティルタエンプル寺院。

ここはバリヒンドゥーの6大寺院の中のひとつで、インドラ神が湧水を立たせて兵士を救ったという伝承がある寺院です。

2018年11月に魔女蜜猫がインドネシアのバリ島にて、瞑想・祈り・断食などの修行を行いました。

 

ティルタエンプル寺院の聖なる湧水とお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

ティルタエンプル寺院

 

ティルタ=水、エンプル=聖なるという意味です。

10世紀頃、バリのワルマデワ王朝にて建設された寺院で、インドラの伝説では962年に湧き水の泉が発見されました。

 

 

この地に住む変身術と悪い魔法を使う魔王マヤデナワを討伐しようと軍を率いて戦うインドラ神。

皆が寝静まった夜中、マヤデナワ「そうだ毒池作ろう」

インドラ軍のキャンプの周りに毒池をこしらえました。

朝になってインドラが目覚めると毒殺されたり病気になっている兵士たち…

インドラ「ふぬう…!」と一振り彼の力によって大地の亀裂から治癒力のある湧き水が噴水…これがティルタエンプルと言われます。

(この戦いの終結はもうしばらく続きがあるようです、面白いのでぜひ読んでみてね)

 

因みに近くには故スカルノ大統領の別荘があるそうです。

 

水の神様とリンガーヨニ

 

 ティルタエンプルは水の神様をお祀りする寺院ですが、寺院内の一番大切な場所にはリンガーヨニが祀られています。

リンガー=男、ヨニ=女という意味です。真ん中の象がそれを意味しており、子宝を望む人のための神様だそうで…

あれ? 日本でもそんな神様がいらっしゃる。つまり男根女陰信仰ですね。

そういえばお姿が確かに男性と女性の象徴ですね。

 

ティルタエンプル寺院の聖なる湧水とお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

色にも意味があるそうで、ヴィシュヌ(北・水・黒)、シヴァ(東・風・白)、ブラフマー(南・火・赤)の三大神様を表すそうです。

わかりやすく三大神様の特徴を一言で表すと左から、創造、破壊、宇宙。

子宝って創造と宇宙の間の神様に挟まれた「芸術は爆発だー!」なんですね。生命の神秘!

(そして他にも寺院内にはインドラとバツーの神殿があります。 )

 

中心は自分、隣人は友達

 

先生が教えてくれた三大神のカラーや方位。

前回バリに来た時ゴアガジャ遺跡でも教わったのですがすごく疑問に思っていました。

西!どこ行った西!

 

そこで先生に聞いてみるとこう仰いました。

 

東は白で風、南は赤で火、西は黄色で土、北は黒で水。

真ん中は自分で、周りは友達。

友達の力で生きている。

 

これって四大属性のことですね。

しかも隣人が友人(つまり精霊)というのは結界を作る儀式や精霊召喚の考え方です。

隣人たちに力をお借りしながら行う魔術のやり方です。

 

アレイスター・クロウリーが晩年インドで瞑想修行したように、西洋魔術の根源はインドやヒンドゥーにあるのかもしれません。

考え方が似ていますもん。

 

沐浴できる神聖な湧き水

 

ティルタエンプル寺院の聖なる湧水とお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

ここではバリヒンドゥー教徒でなくとも沐浴ができます。

私は今回は沐浴を行いませんでしたが(下記の事情参照のこと)、先生が教えてくれたルールはこちら

 

  • 女性は生理中、妊婦さんとお産後はできない
  • 肌を露出しない服装で行う(男性の上半身裸は良い)
  • 身内に不幸があった者はできない
  • お供え物をして、お祈りをしてから沐浴する

 

他にもいろいろあるみたいです。

もしかしたら宗派などにもよるのかもしれませんので、沐浴をする方はぜひ現地の人と行ってください。

 

蜜猫の異変

 

この日はバリ滞在5日目、最終日だったのです。

出国1週間前から風邪っぽい症状で額で風車がぶんぶんと回りっぱなしの私。

とうとうこの日、異変は起きたのだった…

 

当日の朝、先生に「ティルタエンプルに行きたい」と申し出、ホテルからそんなに遠くない場所なのに、車に乗ってしばらくしてから私はおかしかったのです。

まず額がぐるぐるして、頭蓋骨がカタカタと震える音が聞こえるのではないかというほどの眩暈。

そして胃が胸に押し上げてくるような吐き気。

これを私は車酔いかと考えましてね、我慢していました。

声を出して助けて貰おうにも声すら出ない程でしたので。

 

ようやっとティルタエンプルに到着し外を歩けば治るだろうと、車から降りたものの…

まっすぐに歩けず、地面はぐにゃぐにゃ波打ち、足の裏には大きいマシュマロかタコでも踏みつけているかのような感覚。

チケット売り場まで歩いたものの直立できず、縁石に座りこんでしまいました。

 

それを見た先生がしばらく背中をさすってくださったのですが、私は自分でもわからないうちに涙を流していました。

 

先生のレイキ

 

「何を見た?」と先生は問い続けましたが、私は気持ち悪さから意識が遠退きそうなのを必死に抑え、あうあう言うことしかできません。

私の周囲にはまほ婿氏をはじめ同行者と、そのうち現地のバリ人で人だかりができ、心配されているような会話が耳に残っています。

そして記憶があまりありませんが車に移動してから、先生がレイキを使ったのだと思います。

 

サンスクリット語が聞こえたのを覚えています。

背中に手をあてて、ペットボトルの水に何かを呟き、その水を指で額に3度程つけられました。

そしてその水をゆっくり飲みました。するとだんだん落ち着いてきたのです。

先生は「大勢の前ではレイキ使えないよ」と言っていました。

 

湧き水の中に大きな神様

 

ティルタエンプル寺院の中に今でもこんこんと湧き出る泉があるのですが、その中に大きな神様がいるのを見たのです。

何の神様なのか、その形が神様なのか、わかりません。

それは悪いものではありませんが、大きいのでとても強い力があります。

要するに私は「武者震い」をしたということなのでしょう。

 

ティルタエンプル寺院の聖なる湧水とお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

そして先生は言いました。

 

どこへ行ったとしても、具合が悪くなったらこう言いなさい。

「私は何も知らないので、伝えたいことがあったらどうぞ教えてください。」

その感じは、何かメッセージがあるということだから。

 

よく日本では「この神社合わない」とか「この場所へ行くと具合悪い」というのは「神様に嫌われる・合わない」という意味に捉えることが多いと思います。

しかし修行の際には、具合が悪い時は何か見えないものからの強いメッセージがあるということだそうです。

嫌だから行かない・合わないということではなく、真摯に祈りなさい。

という先生の言葉に私はすんなり合点がいったのです。

 

 

今回は寺院で沐浴、お祈り、瞑想はできませんでしたが、それ以上の大事なことに気付かされたと思います。

次回はぜひ一連の儀式を行いたいです。

 

 

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不思議なスピリチュアル体験ばかりのバリ修行

不思議なスピリチュアル体験ばかりのバリ修行|黒猫魔術店

バリのヒンドゥー教寺院やパワースポットで瞑想やお祈り、神様にご挨拶(参拝)修行をしてきた一週間。

なぜか不思議なスピリチュアル体験ばかり…今回はバリ修行中に起こった不思議なことを記します。

2018年11月に魔女蜜猫がインドネシアのバリ島にて、瞑想・祈り・断食などの修行を行いました。

 

不思議なスピリチュアル体験ばかりのバリ修行|黒猫魔術店

 

天候に恵まれすぎ

 

11月のバリは雨期に入ったばかりで、乾期の名残で通り雨が多いです。

私たちが世界遺産のジャルティエ棚田を訪れた時に撮った写真が上のもの。

この後、一通り歩いたのでカフェでもしようと店に入った瞬間、ゲリラ豪雨。

この写真でも確かに雲は重たそうではあるけれども、風が強いわけではないのです。

 

1日目の登山は晴れ、2日目の湖の神様に会いに行く時には霧といったように、天候がぴったり合うのです。

先生が仰るには、「天気をコントロールするために神様にお願いすることができる(本当に望んだ天気になる)けど、それをしたら1週間断食ね。」

要するに先生は天気を操っていないけれど、天気に合わせてスケジュールを組んでいたみたい。

その天気は瞑想やお祈りでスピリットが教えてくれるみたい。

実際、1日目の登山で私たちが帰った後は大雨でした。

 

ナンバーを教えてくれる精霊

 

バリのデンパサール(ングラライ)空港に着いてすぐ、同行者のスーツケースが開かないことに気付きました。

そのスーツケースは暗証番号ダイヤルロック式で、二か所・3桁ずつの数字を指定して鍵をかけます。

ところが指定番号を入れても全然開かない。

 

とりあえず空港内のバッゲージサービスに片言の英語(笑)で聞いてみたところ、「ここでは直せないしエアポートキーはない」と言われました。

(エアポートキーとは空港のバッゲージサービスに置いてある鍵でスーツケースが開かなくなった時のための共通鍵。でも蜜猫、エアポートキーって都市伝説だと思ってる※置いている空港が少ないので本当に置いてあるのかな?)

どうやら鍵のスイッチに何かの衝撃が加わって番号がリセットされた可能性大、とのこと。

 

余談ですがスーツケースの鍵は超適当に作られているものが多いです。

渡米する際には鍵かけると中身確認のため壊されたりするためかもしれません。

実際私のスーツケースについている鍵穴に、違う鍵を差し込んでも開錠します。

鍵をかけたいならホームセンター行って日本製の南京錠を使用するのがベストなのです…!

 

ということで解決策は二つ。壊すか1000通りを試すしかありません。

当人はホテルで早速1000通り試しておりましたがこれでは骨が折れるので、禊をした後、私はお聞きしてみました。

 

「ロックがかかってしまった時の数字を教えてください」

風の精霊(なのかはわかりませんがそんな感じのスピリット)が、バスタブに張った湯の中から浮き上がる数字を見せてくれました。

はじめに浮かんできたのは「5」。

次は「3」でした。

次は「7や8ではない」と言われ迷っているようでしたがしばらくしてから「0」が浮かびました。

しかし0は少し信憑性が薄いかな?と思い、当人に「3と5です」とお伝えしました。

 

すると約30分後、「開きました~!」と連絡が…!

その数字がなんと「053」だったそうです。

053でロックがかかったけれども鍵が中で壊れてしまって開かなかったのを無理やりなんとかこじ開けたそうです。

良かった良かった…! 精霊さん、ありがとう!

 

自然の中でお昼寝(気絶)

 

自由時間の日のこと。

実は今回私の<旅行>スキルの出目が良かったのか、たぶんシーズンならお高めのホテルを格安で予約することができたのです。

というか毎回、ホテルに関しては変なのに当たったことがないのです。(水しか出ないとか、汚いとか)

 

部屋にはベランダがあり、そこにテーブルとソファがあり、外は南国の木々と植物で自然感たっぷり。

チュンチュンという鳥の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる…(日本だったら車の音や機械音なわけで)かなりリラックス…

雨季に入ったばかりのバリはそんなに暑くない気候…

そうだ、今日は外(ベランダ)で仕事でもしよう!なんかお洒落じゃん!と思い立ちました。

近くのスタバでカフェオレを買ってきて、ふーっといざソファに…座ったはずだった…

 

不思議なスピリチュアル体験ばかりのバリ修行|黒猫魔術店

 

気付いたら気絶したように爆睡してました。

おかしいな、睡眠不足なわけでは決してない…

時差も1時間しかない。

多少、体調不良ではあったけど、隣で寝てるこの人(まほ婿氏)といい一体何が起きたんだろう。

これがバリの神秘か…(違)

 

と一瞬寝ぼけ頭が意味不明な思考になりましたが、よくよく考えてみると外で昼寝なんて何年ぶりだったのだろう?

昔は夏になると、魔女畑があるところの土手の木陰におじさんが小さな高床のやぐらを建てて、昼寝をするものでした。

私も一緒になってそこで昼寝をしていましたが、あれは小学生頃の話です。

それ以来、自然の中で寝ることなんてなかったのでは?

 

よく先生は自然の中で瞑想をしますが、トランスになるという意味では、うとうと寝落ちすることでも瞑想の訓練になったり…しないか(笑)。

でも自然の中で寝る=無意識になることは、自然の無意識と繋がれる気がして(厳密には起きている時も気付かないだけで繋がっています)良かったです。

一言で言うと、パワーチャージって感じです。

たまに日本でも昼寝しよう。

 

出国1週間前から謎の風邪気味

 

実はバリへ行く1週間くらい前から風邪っぽい症状がありました。

目と鼻の間の奥がムズムズする感じ…わかります?

ちょうどいきなり寒くなった時期だったので、これ鼻風邪の初期症状なんじゃ!?と思いまして、即座に葛根湯とホッカイロを買い込み完全防備しました。

でも全然良くならないのです。

良くならなすぎてベンザブロックに変えて飲んでも良くならない。

でも熱は出ないしどこか痛いわけでもない…とりあえず予防のためマスクや薬を持って出国しました。

 

実は甘い考えの中に、バリに行けば治るだろうと思っていました。

バリの食事はスパイスがたっぷりでピリ辛なのでね。

ナシチャンプル辛い、おいしい、辛いと言いながら小食な私がペロリ平らげるほどのインドネシア料理。

しかし…ムズムズは治らないのです。

 

むしろ…気持ち悪い。

頭部がずっと車酔いのような感じで、世界がぐるぐる眩暈までしてまっすぐ歩けない。

一番違和感なのはやはり鼻の上、目の間あたり。

この骨が小刻みに震えているような感覚です。

声楽やったことある人的に言うと、内側の空気圧から振動している感じ。

痛いというわけではないが、その震えがまるで風車が常に回り続けるかのようなカラカラカラ…という振動なので少し鬱陶しい。

 

そんな中修行をしていたので先生も心配して見てくださると、「頭に水がたまっている」そうでレイキ調整してくださいました。

同行者の日本人の話では、「霊格が上がる時、精神が先に上がって体がそれに追いつこうとするのでそうなる」らしい。

そういえばうちの祖母(先代猫筋)が亡くなった時同じような症状になりましたのでこの説は信憑性がある気がします。

待って…だとしたらこの修行って祖母が亡くなった時(つまり能力を受け渡されたので超辛かった)くらい凄いものなのですね。

 

この霊格症状をわかりやすくどんなものか例えると、「悪阻」です。

私も悪阻は酷いものでしたが「突然始まって、一定期間続いて、突然終わる」まさしくこれに近い症状。

きっと私の体の内側で生命誕生に似た何かが行われている…ということにしておきます!

 

ちなみにそんな症状の時、まほ婿氏が背面第二チャクラに手を当てたら症状が緩和しました。

眉間で風車ぐるぐる回る第六チャクラと対になる第二チャクラのパワーバランスに関係があるのかもしれませんね。

 

しかしこの話はこれだけでは終わらなかった…

次回、ティルタエンプル寺院での不思議体験とこの症状についてお話します。

 

 

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海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

バリ島中部、タバナン県にあるタナロット寺院。

ここはバリヒンドゥーの6大寺院の中のひとつで、海の神様をお祀りした海上の岩場の寺院です。

2018年11月に魔女蜜猫がインドネシアのバリ島にて、瞑想・祈り・断食などの修行を行いました。

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

タナロット寺院

 

タナ=大地、ロット=海を意味し、海の神様を祀る寺院です。

16世紀にジャワの高僧ダン・ヒャン・ニラルタによって建設されました。

バリの6大寺院のうちのひとつで、通称「ロックテンプル(岩場の寺院)」とも呼ばれています。

 

 

この寺院は普段は海上にあり、寺院の近くまでは潮が引いた時にしか訪れることができません。

私は最初に訪れた時は海を渡ることができなかったのですが、今回はなんと干潮!!

前回(普段)のタナロット寺院↓

 

タナ・ロット寺院はラピュタかもしれない|黒猫魔術店

 

でも干潮時は左手奥側の方まで陸が続くので、寺院の境内を眺めることができます。

潮が引いた時に見る境内の様子がこちら↓

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

近くで見ることができるなんてもう感激です。

長い年月をかけて浸食されたであろう岩肌の波目も相まって荘厳な雰囲気です。

 

タナロットの聖水でお祈り

 

運良く干潮だったこの日、タナロット寺院まで渡ることができました。

寺院内はバリヒンドゥー教徒しか立ち入り禁止ですが、聖水が湧き出る場所ではお布施を払うとお祈りができます。

この聖水は、海上にあるにも関わらず真水の湧水であることから特に神聖視されています。

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

湧水で手と口を清めてから、頭頂を清めてもらい、額にお米をつけてもらいます。

どなたでもお祈りができるので、機会があったらぜひ一度やってみてね。

 

私はこの時、額に風車がぐるぐる回っているかのような体調不良(別記事で考察します)だったのですが、お米をつけて戴いた時はスッと晴れやかに体液が流れていく様子がわかりました。

後で写真を見返しても全身むくんでパンパンでしたのに…あの気持ちよさは何だったのでしょう。

 

またバリの海は日本海(地元は山形県庄内地方の海)に似ている感じがします。

珊瑚礁が島から少し離れたところにあるので、海岸から見る海は日本の海のように青が濃く見えるのです。

でも海水は透明なんですよね不思議。

色も高波も潮の香りもなんとなく似ているのでリラックスできました。

 

海蛇様にご挨拶

 

干潮の時だけご挨拶できる海蛇様は、タナロット寺院の守り神です。

この海蛇様は神様の化身で、海からやって来る悪霊を追い払うと信じられています。

 

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

岩蔵の奥、この看板が目印です。

こちらもお布施がいるのですが、なんと実際に生海蛇様に触ることができるのです!

私も海蛇様にご挨拶をして撫でてきました。

 

バリの神様は、山(火山や天空)、水、海にそれぞれ領域があるようです。

タナロット寺院のように海にある寺院は、外からやって来る悪霊をバリ島へ入らないようにする役目があるらしい。

 

この「悪霊」という言葉そのまま捉えないでくださいね。

それが意味するところは「病気や外来種」であり単に目に見えないものだけではありません。

もしかすると異教徒(観光客)だって悪意をもって入ろうとすればタナロットの神様がお怒りになるかもしれませんね。

外のものから島を守る神様…日本で言えば魔除けという意味合いに近いかもしれませんね。

 

 

タナロットの夕日で瞑想修行

 

バリ島では毎日6時~6時半に夕日が沈みますので、タナロットに沈む夕日を眺めに来る観光客が多く訪れます。

そんな人混みの中で瞑想なんかできるの? と思われがちなのですが、本来瞑想はどこでもできるのです。

どんな喧騒の中であっても、自然が厳しいところであっても、先生は時間を忘れて瞑想ができると言っていました。

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

そこで私も夕日が沈みゆく逢魔が時の中で瞑想しました。

波の音、様々な国の人々の話し声、人混みの喧騒…それもまた「無為自然」であること。

自然も、人も、国も、全てを「一体とする」「共生に思う」ことは難しいかもしれませんがその意識に近づくことでもっと隣人たち(スピリット)に愛されるようなイメージがありました。

 

例えば、夕日など綺麗なものは人々は綺麗と言って受け入れやすいけれど、汚い醜いものは受け入れにくい。

好き嫌いという個性があるのはいいが、それを主観・主張なく隣人たちと「共生」すること。

美しいもの(陽)と醜いもの(陰)は中庸であること。

私たちは自然を享受しているので、感情に流されず平等に、フラットに「共生」すること。

 

日本で生きていると日本のメディアや常識に囚われがちで視野が狭くなりやすいですが、このような場所は様々な国の人々がいて文化も歴史も常識も違う。

否応なく自分の常識で判断しかねますし、トイレが手動で紙がないからって文句も言えません(笑)。

日本食と違うから、水が違うから、日本がいい悪いなど、言っていても仕方ない。

「今ある自然を享受して仲良しになろう」と思いました。

つまり隣人と仲良くするわけですね。仲良くするんだから文句は言わないですよね、友達ですもん。

 

あっという間に夕日は沈み、バリの夜は更けていくのでした。

私と会ってくれてありがとう、タナロットの神様たち。

 

 

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九份の不思議な風景と互助精神(台湾修行)

九份の不思議な風景と互助精神(台湾修行)|黒猫魔術店

今宵は2018年10月に魔女柘榴が行った台湾修行について、美しい九份の町について語りたいと思います。

観光地と生活圏が混ざる不思議な風景や、田舎の人々のあたたかい精神まで垣間見える場所。

日本人が忘れかけている風景なのかもしれません!

 

九份の不思議な風景と互助精神(台湾修行)|黒猫魔術店

 

九份の人々の生活と風景

 

台北の観光地で外せないのが『九份』。

皆さまもご存知のように、アニメ映画「千と千尋の神隠し」のモデルになったことで日本でも有名になりました。
現地の方々もそのことは周知のようで、あちこちに関連グッズや置物があります。

こんなに可愛いお店もあるんです↓

 

九份の不思議な風景と互助精神(台湾修行)|黒猫魔術店

 

紙でできたランタン(天燈)に願い事を書いて夜空に飛ばす、ランタンフェスティバルも催される『十份』は九份と同じく山間部にあります。
電車の本数などが限られているため今回は残念ながら見送り。

 

炭鉱の町から観光地へ変わった九份

 

さてこの『份』という字は田舎、という意味があるのだそうですよ。
九份も元々炭鉱の町として栄えておりましたが、石油の普及に伴って次第に衰退していきました。

(閉山は1987年なので思っていたよりも最近の話)

 

しかしながらその夜景や赤提灯が灯る町並の美しさからドラマや映画のロケ地、観光地として復活し、今では大人気の観光スポットの存在を確立しています。

↓ちなみにこちらは警察署(交番)

 

九份の不思議な風景と互助精神(台湾修行)|黒猫魔術店

 

九份には土産物店や飲食店も並んでいますが、普通に生活している人々もいらっしゃいますので、勝手にあちこちの敷地内に入るのはダメですよ。
お店関連はマップとかあるのでそちらをご覧ください。

 

観光地と生活圏が混ざる不思議な風景

 

私がレポートしたいのは、観光地と生活圏が混ざっている不思議な風景です。
日本なら山は山、畑は畑、住宅地は住宅地、観光地は観光地・・・と分けられています。
(法律上日本では仕方ないのですが)

 

九份にあるお店に限らず台湾では24時間営業のところはほとんど見られません。
(お客さんが少なかったりした時など、早めにお店を閉める所もあるようです)
21時くらいになると提灯の灯りも消えていくようになるので、もし夜景を見たい方は交通と時間をしっかり確認して行きましょうね。

個人的にはその明かりが消えて行く様や夜の静かな空気感がとても好きだったので、思わず路地裏なんかもパチパチ撮ってしまいました。

 

九份の不思議な風景と互助精神(台湾修行)|黒猫魔術店

 

そして観光客が去って行くさなかに、九份の人々はお店の中でお茶や酒を酌み交わしたり、家の外のベンチに腰掛けてオカリナを奏でるおじいさんも見られました。
あちこちに犬や猫もいまして、全然吠えたり威嚇をしてきません。

 

本当にあった九份の犬の話

 

ガイドさんが九份には有名な犬がいる、と教えてくれました。
別に血統書がついているとか、特別な芸があるとかそういうことではありません。
その犬はある所で飼われているのですが、その子が病を患った時、地域の人みんなでお金を出し合って病院で治療を受けさせた、というエピソードがあるそう。
(台湾では基本的に病院での治療費は高額らしいですね)

 

飼われているので首輪は着いているのですが、どこのお宅でも鎖で繋がれておらず基本的に放し飼いのようでした。
でも暴れ回るとかどこかに行ってしまうのでなく、それぞれが自分のお気に入りの場所でのんびりと過ごしている様子がうかがえます。

 

そういえば猫雑貨のお店の猫ちゃんもきちんと爪の手入れがされていたり毛並がすごくもふもふやわらかでした・・・。
看板猫ちゃん撫で回数上限を見誤り、ソフト噛みされてしまいましたが(笑)
初対面だからか大分加減してくれました・・・猫ちゃんまで優しい・・・。

 

助け合いの台湾の精神

 

そんな風に飼われているお家だけではなく、地域の人にもとても大事にされているから穏やかな子が多いのではないかな、と思います。

可愛がるだけではなく、『飼うならば最期まで責任を』という当たり前さがその子たちから感じられました。
観光地の側面だけではなく、人も動物も眠りにつく、とても穏やかで優しい時間が九份にはあります。

 

九份の不思議な風景と互助精神(台湾修行)|黒猫魔術店

 

日本のように毎日神経を張り詰めて仕事に家事に育児にと、自分達だけで何とかしようとする生活とはかなり違うのだと感じます。
社会に頼る場所がないというのも、隣に住む人がどんな人か知らないというのも長い目で見ると空恐ろしいものがありますね。
確かに地域のしがらみやルール、かかわりが煩わしく感じる所も多々ありますが、昔は日本にも『困ったときはお互い様』という考えがあったのですよ。

九份には、そういう昔の日本のような不思議な空気感も感じられるのです。

 

 

 

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台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

今宵は2018年10月に魔女柘榴が行った台湾修行について、道教・道(TAO)について語りたいと思います。

台北で絶対外せないと云われるパワースポット『行天宮』、『龍山寺』、そして地元感溢れる『文昌宮』、『台北文衝聖帝殿』を訪れました。

魔女の思想にも共通する寺院仏閣が面白い!

 

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

台湾台北市内の寺院と信仰

 

台湾ではほとんどの方が『道教』を信仰しています。
道教は中国三大宗教(道教、儒教、仏教)の内の一つで、『道(TAO)』を求めようとする思想のことを指します。
・・・が、具体的に『道』とはこういうものなんですよ、という定義は実は非常に曖昧であり、奥深く人々の根底にはたらきかけてくるものだと思います。
魔女の思想にも共通するようなものがあるので、この部分に関しては後の記事にて考察中レポートをまとめていきます。

 

ツアーでは観光地としても名のある場所とディープな方と両方行って来たのですが、日本の神社仏閣とはまた違った雰囲気で、鮮やかな色合いと宗教的装飾が印象的でした。
歴史を感じつつも現代に自然に溶け込むような外観や、その在りようから現地の人々にとても大切にされているのがとても良くわかります。

 

神様が沢山いる寺院、龍山寺

 

こちらの寺院は清の時代、ご本尊様として聖観音菩薩を祀るため1738年に着工したものです。
数度の大改修がなされ1740年に落成するまで270年余りもの歴史があり、中でも1919年の大改修工事では中国宮殿式廟宇建築を採用し、1924年には色彩鮮やかな荘厳で芸術性の高い、東洋一を誇る名刹が完成しました。

龍山寺には他にも天上聖母(航海の守護女神、福徳招来媽祖)、文昌帝君(日本の天神様、受験の神様)、関聖帝君(三国志で有名な武将、関羽のこと。財運招来、悪霊退散、勝負必勝や商人の神様)などの諸神も併せてお祀りしております。
(ここまで龍山寺の観光パンフレットから一部を引用しています)

 

龍山寺(ロンシャンスー)は、昼夜を問わずひっきりなしに参拝客が訪れる人気の観光スポットでありながら、地元台北でも昔から大切にされて信仰されている寺院で、細かいところまで掃除が行き届いています。

あちこちに彫られた4本爪の龍や虎たち、『中殿藻井』という天井部分の装飾など建築物としての美しさもあるのです。

『中殿藻井』についてどのような装飾なのか調べてみたところ、パンフレットで日本語表記がなかったので訳してみました。

 

(日本語訳)
『中殿藻井』
仏教の輪廻を象徴するスピルリナ(ラテン語でねじれた、らせん形を意味する語)は、8つの龍の口によって厚い層を支えられています。

 

気になる方は是非画像を検索してみて下さいね。とにかく装飾が緻密で、ずっと眺めていると吸い込まれていきそう・・・とにかくすごいとしか言いようがないのです。
私の持っていたカメラでは屋根の龍も綺麗に撮影できませんでした・・・無念。
一番は現地でその雰囲気や装飾を目でよく味わっていただくのが良いかと思います。

 

参拝のルール

 

龍山寺の敷地に入ってすぐ右手には『浄心瀑布』とかかれた看板が目に入ります。

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

英語では『Waterfall of Cleaning Your Heart』。
簡潔に言うならば門に入る前には礼節として(イライラした気分や良くない心で)そのまま入ってはならず、この滝の泉であなたの心を綺麗にしなければなりません、といったことが書かれています。

 

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

とにかく台湾の人々は礼儀正しく礼節を重んじます。これは老若男女問わず、です。
日本語ガイドさんに教えてもらったのですが、どの寺院に行っても参拝のルールがちょっとだけ複雑。

 

共通しているやり方は、まずは敷地に入ったら心を清め、前門が二つあるので『右側の龍門』から入ります。
(『左側の虎門』は出口なので間違えないようにしましょう)
この時敷居を踏まないようにしつつ『左足から』境内に入り、お供え物とお香を購入します。

 

お供え物はあらかじめ用意しておくこともOKで、日本人なら日本のお菓子などもおすすめだそうです。
前殿奥(お供え物を置いている祭壇)に赤いお盆が置かれているので、お借りしてお供え物を供えます。

 

お香に点火して頭上に掲げ、3回拝礼したら祈願する前にまずは天上の神々に『どこから来たのか、生年月日、氏名、職業』を(心の中で大丈夫)告げ、挨拶をします。
そして自分の願いごとの神様に対してまた3回拝礼し、改めて『どこから来たのか、生年月日、氏名、職業』を告げてから漸く祈願することができます。

 

祈願し終えたらそれぞれの神様の前にある香炉にお香を1本ずつ立てます。
本来は神様分、一人7本を香炉に立てていくのですが、現在は一人1本に制限されているようです。
(どうやら環境保護に配慮して徐々に減っていったらしい。こんなところにも台湾の方らしさが^^)

 

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

後殿でも同じような手順で行うのですが、一人1本の制限がありますので本命の願いの神様のところにお香をさすと良いと思います。

 

龍山寺の神様

 

  • 安産や子宝の神様『註生娘娘(ジューショウニャンニャン)』
  • 無事息災仕事運の『城隍爺(チョンホァンイェ)』
  • 夫婦円満の神様『城隍夫人(チョンホァンフーレン)』(こちらのお二人は夫婦なんだそうです)
  • 学問や試験の神様『大魁星君(ダークイシンジュン)』北斗七星のひとつを神格化した神様

 

などなど、沢山の神様がいらっしゃいます。
自分の祈願したいところの神様に是非会いに行ってみて下さいね。

『大魁星君』はとても愛らしいお姿でした・・・ゆるキャラにいそう・・・。

 

おみくじのやり方が独特

 

龍山寺を参拝したらおみくじも引いてみてはいかがでしょうか?
日本にもおみくじはありますが、台湾のおみくじで面白いのは、くじを引く前に『そもそもくじを引いても良いのか?』『その番号のくじで良いのか?』を神様にお伺いしてから引く、というところです。
(しかも無料で引けます)

 

『筊杯(ポエ)』と呼ばれる三日月形の木片二つをとり、平らな面を内側にして持ち、まずは質問したいことを思い浮かべて床に投げます。
筊杯には表と裏があり(平らな方が裏でふくらみのある方が表)、『聖筊』と呼ばれる表と裏がセットで出た時はOKのサイン。
色も塗ってあるのでわかりやすいと思います。神様へのお伺いは一つの質問に対し3回まで。

 

くじの番号が書いてある木の棒を引いて筊杯のOKも出たらいよいよくじを引きます。
小さな薬棚のようなところに番号が書いてあるので、該当する引き出しからくじ札をとってください。

 

私も仕事のことと家のことを伺ってみました。
解説してくれているところがあります(日本語OK)が、スタッフさんのお昼休憩あったりもするので時間はしっかり確認をしておきましょう!

 

くじの左上の『第○○○首』がくじ番号、そのすぐ下に『上上』と書かれていれば大吉です。
空欄は残念ながら『凶』。(上上、上下、下下、空白 大吉→→一番右は凶)

 

でも落ち込むことはありません!
ちゃんとどういうところに気を付ければ良いかも書いてあります。
(というかそもそも日本のおみくじも凶だから最悪!大吉だから何もしなくてもハッピー!っていうのじゃないのでね)

 

私は見事に二つとも凶だったのですが(笑)別の占い師さんのところでも、やはり大きなことはせずあと2年くらいは静かに過ごしましょう、と言われました。
(やっていいのはこれこれこれ~という感じで、勿論吉の部分もあります。)

 

右上には中国故事に倣った内容が書かれています。

『聖意』と書かれたところは霊的なメッセージという意味です。
これはゴーストの方ではなく、例えばご先祖様や神様などのスピリット、という意味でのメッセージです。
ここに例えば自分について、財運について、結婚や家、旅行や失せ物、病気など様々な事柄についての注意すべきところ、逆にした方がよいことなど書かれております。

 

関羽・関聖帝君に会う行天宮

 

台北市を訪れたなら『行天宮』も絶対外せないところ。
外観の写真は門のところしかないのですが、中に入ると正面には3つの大きな赤い扉があります。

 

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

その内の真ん中は『神様が訪れる特別な日』にしか開かない扉だと教えてもらいました。
しかも開いていたとしても、信仰深い人々は絶対に真ん中の扉を通ることはありません。
(通っているのは知らない人、観光客なのだそう)

 

理由は『真ん中は神様が通る場所だから』だそうで、日本の鳥居などでも同じですね。
ここでも入り口は右側、敷居を踏まないように左足から入ります。

 

建物はとても台湾らしい、かつてのぎらついた煌びやかさではなく、歴史が自然の中に溶けていったような、そんな絢爛さの際立つ様相となっておりました。
朝早くから夜遅くまで無休で門が開かれている『行天宮』。
こちらには商売繁盛や経済、厄払いの神様として大人気の『関羽・関聖帝君』がメインでお祀りされています。

 

その両隣には『月下老人』『文昌帝君』もお祀りされているため、恋愛や学問のお願いもこちらでできますね。
たいていどこの寺院に行っても一緒にお参りすることができるようです。

 

『関聖帝君』は日本の不動明王や閻魔大王のような厳しいお顔立ちですが、外見もめでたい色とされる赤い色、煌びやかな黄金色の衣装を纏い、不思議と安心感を抱く立派なお姿でした。
祭壇上の装飾も本当に細かいところまで埃もなく、毎日お掃除がなされているようです。

 

参拝の作法も写真つきで解説看板があるので大丈夫です。
男性と女性で礼のやり方が微妙に違うのでこちらもご確認あれ。

 

ボランティアの方がお祓いをしてくれる

 

そして今回お参りはできたものの、見学する時間が短かったため未体験だったのですが、行天宮ではお祓いも無料でしてもらえるのだそう。
回廊のようになっている本殿内で、青い法衣を着ている方々がいらっしゃいまして、その方々が『功労生』としてボランティアでお祓いをしてくれるそうです。

 

徳を積む修行の一環として行ってくれているのかもしれませんね。
勿論、お祓いを受ける方はボランティアの方に対しても礼節をきちんと弁えなければなりませんよ。
混み合う時は本当に長蛇の列になるそうですので、列に並んだ時からおしゃべりや飲食、スマホを弄るなんてもってのほかです。

 

どんなお祓いなのかとても気になります・・・!
次回台北を訪れた際にはそちらを中心に調べてみたいですね。

 

学問の神様に会う文昌宮

 

観光地では有名な寺院や夜市ばかり取り上げられますが、道教らしい場所にもふらりと行ってきました。

 

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

『文昌宮』はその名の通り『文昌帝君』、つまりをお祀りしているところです。
電光掲示板があったりしてなんともハイテク・・・!
こちらは日本語対応しておりませんでしたので、何となくは伝わりますがきちんとした所作でお参りするには中国語や台湾語が必須。

 

市場のど真ん中にどーんと建立されていて、建物の裏というわけではありませんが市場から文昌宮の中に入ってみますと奥には供物を捧げる大きな祭壇が。
地元の方が大きなお花を名前入りで飾っていたり、読経する方々の姿がありました。

 

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

広場のようなものなのでしょうか?丁度地元の人々が熱心にお祈りをしておりました。
何だか不思議な空間で、私もしばらくその時間を共にさせていただきました。
草木やお花、お香の香りが混じっていてとても素敵な清浄な空気を感じます。

 

 

身近にある台北文衝聖帝殿

 

文昌宮と同じ区画にはありますが、こちらは小路を入ったところにある『台北文衝聖帝殿』というところです。
小さなお店のような雰囲気ですが、寂し気ではなく寧ろ地元ですごく身近な存在なのだろうと思います。

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

こちらも観光客向けという感じではございませんでしたので、地元に強いガイドさんなどと一緒に訪れるのがいいかもしれませんね。
更に地元で大切にされているということで、興味本位で入ることはおすすめできません。
あと夜に訪れるのは防犯面でもおすすめできないです。

 

近くにカフェもありますし明るい内にゆったりとした空気を感じたりするのが良いかも。
運が良ければ文昌宮のお祈りが見れるかもしれません。

 

 

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ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

バリ島の中部、ブドゥグル高原地帯にあるブラタン湖のほとりウルンダヌ・ブラタン寺院。

ここはバリヒンドゥーの6大寺院の中のひとつで、湖の女神デヴィダヌと10の神霊を祀っています。

2018年11月に魔女蜜猫がインドネシアのバリ島にて、瞑想・祈り・断食などの修行を行いました。

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

ブラタン湖のほとり、ウルンダヌ・ブラタン寺院

 

バリの中心街から北上し、中部地方にあるブラタン湖を目指します。

アップダウンの激しいバリの山道を登り、高原地帯の風景には「ストロベリータウン」などフルーツの看板が目立ちます。

日本の田舎の産直みたいに路肩で現地の人々がフルーツ売りをしています。

そんな中、ブラタン湖へ到着。

 

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院は、1634年にメングイ王によって建てられました。

先生から教えて貰った言葉では、ウルン=頭(先端)、ダヌ=泉で、「ブラタン湖の先の泉」という意味だそうです。

湖の上に浮かぶようにして建てられ、メル(塔)やベジ(祠)、仏教の仏陀を祀ったストゥーパ(仏塔)もあります。

そこでは、湖の女神デヴィ・ダヌと10の神霊を祀っており、バリヒンドゥー教徒はここに禊をしにやって来るのだそうです。

観光客は寺院の境内に入ることはできず、湖畔から見物します。

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院の門

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

ここから先は中へ入れない、門は閉まっている…ハズなんですがあれ? ひとつ開いてますね(笑)。

「ノーエントランス」とあるのでバリヒンドゥー教徒しか入れません。

 

バリヒンドゥーの6大寺院の中のひとつと言われているのですが、調べによると実はこれには諸説あってこれにあたる寺院が10種ほど挙がっているらしい…

そもそもバリの寺院はどこへ行っても素晴らしいと思いますので、神聖なところであることは間違いないでしょう…

 

因みに、他にも「ウルンダヌ」と付く名称の寺院が存在します。

ウルンダヌ・バトゥール寺院(世界遺産バトゥール湖のほとりの寺院)で、日本で検索するとブラタンとバトゥールがごっちゃになっている場合があったので注意です。

 

湖の女神デヴィダヌと10の神霊

 

高原地帯ということもあり、ショールを羽織りながら散策したこの日は絶好の霧!!

霧の中に湖の女神デヴィダヌが現れそうな気がして、練気を行いながら歩いていました。

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

湖に棲む女性神といえば、ロシアのルサールカ、ウンディーネ、人魚などがそれに当たりそうです。

日本でも琵琶湖、諏訪湖や十和田湖のように伝説や神様がおわす湖が多いので、湖は神聖視されてきたのだと伺えます。

しかも湖はなんとなく女性神が多いような気がします(海はポセイドンなど男性神が多い気が)。

山は地母神なので、山中にある湖だから女性神なのでしょうかね。

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

龍神様もバリでは水神の象徴のようです。

ここに女神デヴィダヌを祀っているのでしょうが、なんとなく湖のもっと中心の方に神様はいそうです。

湖の奥の方へ、または霧と「一体となる=私はあなたと同じで、敵ではない」というイメージで瞑想と練気を行います。

「女神様、ご挨拶に来ました。」と言っても見つめられただけで沈黙。

この日は水位が低いから静かにしてらしたのかな?

でもあくまでもご挨拶なので、これで良いのです。女神様、ありがとう。

 

また水の精霊のものだけではない、その他の精霊のもつ気質もありました。

そういえば水神のところでは水の神様だけではなく、それにまつわる他の神も一緒に祀るところが多い気がします。

今の私ではそれが何であるかまでわかりませんし、わかったところでそれを主張する気もありませんが、この地が様々な精霊を祀り守られているというパワーがある地であることは確かです。

バリの人々はそんな土地を大事にしているんですね。

 

仏陀を祀ったストゥーパ(仏塔)

 

敷地内には仏教の仏塔もあります。

仏塔の中ではお釈迦様が瞑想をなさっているようです。

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

バリでは、ヒンドゥー教が入ってきた時に同じくして仏教も伝来したそうです。

そこでこのようにヒンドゥーと仏教の建物が同じ敷地内にあるというのは珍しくないそうですよ。

 

因みに、バリではイスラム教も多いのですが、道路を挟んだ向かい側にはイスラムの立派なムスクがありました。

自然信仰には神様が沢山いるので、外から伝来される神様にもオープンな感じは日本と似ているのかもしれません。

 

動物モニュメントが沢山

 

ちょっと間抜けでおかしな動物のモニュメントが色んなところにありました。

これはタカ? ミミズク?

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

鯉や、亀、カエル、いちご、とうもろこし…

こちらのカエルは葉っぱの上でサーフィンしてるみたい(笑)

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

先生に尋ねてみると、いちごやとうもろこしは農産物だけど、動物はラーマヤーナ神話にでてくる動物なんだそう。

そういえばハヌマーン(孫悟空の元ネタ)もガルーダ(迦楼羅の元ネタ)もガネーシャ(象)も活躍していますもんね…

自然信仰は動物との距離が近く、大事にするんだなぁと改めて実感。

 

鹿ちゃんかわいい

 

先生が「ここに鹿いるよ」と案内してくれた、参道の中央。

柵の中にいるのに毛艶良いし、目が死んでない(失礼)し、愛想がいい!!

この写真の右下の方に笹でできたお皿が映ってるのですが、これはチャナンというお供え物です。

動物にもお供えをするなんてすごい。

 

ウルンダヌ・ブラタン寺院で湖の女神デヴィダヌに会う(バリ修行)|黒猫魔術店

 

先生が鹿を撫でると、気持ちよさそうにしていました。

先生はレイキマスター(しかも本場中国である程度まで試験を受けた)で、様々な気を操ることができますが無償ではありません。

それはお金ではありません。

彼は断食や瞑想をして自然の摂理とバランスをとっています。

聞いた話では、レイキマスターは皆そうやるものだそうです。

この話は、今回の修行でとても不思議なことが起こったのでまた次回詳しく記しますね!