今宵はヴードゥー人形泥棒事件のその後です。
黒猫魔術店ではこの度、黒い子とお別れをすることを決意しました。
その日が刻一刻と迫る中で、黒い子白い子たちとの思い出を綴ろうと思います。
僕はヴードゥー人形
僕は魔女の気まぐれで生み出された人形。
本当は商品開発のための試作らしいけど、結局商品にはならなかった。
不憫に思った魔女は僕らに対の魔術を施して、お店のマスコットにした。
いつもいっしょだった。
晴れの日はベンチにふたりで座って、通りを歩くニンゲンや、いろんな車を眺めていた。
学校へ通う子供も沢山通った。
大きな犬を連れたご近所さんも通った。
ライバルはウィッカーマン
ある日魔女はまた変な人形を作った。
ウィッカーマンと言うらしい。
絶対僕らの方がカワイイし、ふわふわだ。
でもあいつ、雨でも雪でも台風でも負けずに外に立ったり、転がったりしてるからたぶん強い。
だから喧嘩はやめといた。
温かいニンゲン
突然の夕立で雨が降ってきた日、隣のガソリンスタンドのニンゲンが僕らの頭を引っ張って、魔女の店の中に連れてってくれた。
雨は、ベンチを濡らすから嫌いだ。
でも、そのニンゲン(オニイサンと言うらしい)は温かい。
これをニンゲンの言葉で「ありがとう」と言うみたい。
魔女のお手伝い
ある日、魔女と一緒にいべんとに行った。
僕らは魔女の車に乗せられて、他のいたりあの車と一緒に展示されていた。
魔女の車には箒がついているっていうのに、どうしてわざわざ車で移動するんだろう?
でもこの車の蠍のえんぶれむはカッコイイ感じで好き。
その日は強風で、白い子は軽いからぺたぺたお辞儀したり、飛ばされそうになった。
だから途中から魔女は白い子だけ中へ避難させた。
残された僕と、同類の藁でできた人形でニンゲンの相手をしなければならない。
あいつ、僕よりスマートでニヒルでポーカーフェイスだからちょっとやりにくいんだよな。
雨の日は寒い
ある日、また雨が降ってきて魔女が急いで僕らをベンチから店の中へ連れてってくれた。
いつもの床の上で、ふたりで寒さをしのいだ。
白い子
いつも来てくれるオクサマが、そんな僕らを見て可愛いと言ってくれた。
その人はレモン色の透明な光に包まれた女神のような人だった。
だから白い子がいなくなった時、真っ先に僕を心配してくれた。
白い子はもふもふで、僕よりも軽くて、いっぱい伸びる。
僕らは真実
だから白い子がいなくなった時、魔女は大慌てで探したけど見つからなかった。
でも僕は知っている。すべてを知っている。
ずっとふたりでいたから、知っている。
ニンゲンは温かい人もいれば、変な人もいる。
僕らは温かいニンゲンしか知らなかったのかもしれない。
ニンゲンが持つ悪意なんて、僕らのそれみたいに、薄皮一枚隔てて、
中身が綿だろうと餡子だろうと、すぐに誤魔化せるものだと思っているのだ。
でも僕は知っている。
悪意は決して誤魔化しができないものだと。
それは僕らが魔女や優しいニンゲンたちと過ごした時間と記憶が、誤魔化せないのと同じだ。
その行為ひとつ、その感情ひとつ、誤魔化しなどできない、真実である。
だから僕が、白い子が、どこにいて、何をしていたとしても。
そこにいたこと、思い出、全てが真実なのです。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ニンゲンの言葉で何度も言おう。
大好きなベンチは、もう誰も座らない。
でも寂しくはない。
そこに僕らがいたことは、誰にも誤魔化せない、真実だから。