海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)

干潮の日にお祈り、海蛇様に会える

バリ島中部、タバナン県にあるタナロット寺院。

ここはバリヒンドゥーの6大寺院の中のひとつで、海の神様をお祀りした海上の岩場の寺院です。

2018年11月に魔女蜜猫がインドネシアのバリ島にて、瞑想・祈り・断食などの修行を行いました。

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

タナロット寺院

 

タナ=大地、ロット=海を意味し、海の神様を祀る寺院です。

16世紀にジャワの高僧ダン・ヒャン・ニラルタによって建設されました。

バリの6大寺院のうちのひとつで、通称「ロックテンプル(岩場の寺院)」とも呼ばれています。

 

 

この寺院は普段は海上にあり、寺院の近くまでは潮が引いた時にしか訪れることができません。

私は最初に訪れた時は海を渡ることができなかったのですが、今回はなんと干潮!!

前回(普段)のタナロット寺院↓

 

タナ・ロット寺院はラピュタかもしれない|黒猫魔術店

 

でも干潮時は左手奥側の方まで陸が続くので、寺院の境内を眺めることができます。

潮が引いた時に見る境内の様子がこちら↓

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

近くで見ることができるなんてもう感激です。

長い年月をかけて浸食されたであろう岩肌の波目も相まって荘厳な雰囲気です。

 

タナロットの聖水でお祈り

 

運良く干潮だったこの日、タナロット寺院まで渡ることができました。

寺院内はバリヒンドゥー教徒しか立ち入り禁止ですが、聖水が湧き出る場所ではお布施を払うとお祈りができます。

この聖水は、海上にあるにも関わらず真水の湧水であることから特に神聖視されています。

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

湧水で手と口を清めてから、頭頂を清めてもらい、額にお米をつけてもらいます。

どなたでもお祈りができるので、機会があったらぜひ一度やってみてね。

 

私はこの時、額に風車がぐるぐる回っているかのような体調不良(別記事で考察します)だったのですが、お米をつけて戴いた時はスッと晴れやかに体液が流れていく様子がわかりました。

後で写真を見返しても全身むくんでパンパンでしたのに…あの気持ちよさは何だったのでしょう。

 

またバリの海は日本海(地元は山形県庄内地方の海)に似ている感じがします。

珊瑚礁が島から少し離れたところにあるので、海岸から見る海は日本の海のように青が濃く見えるのです。

でも海水は透明なんですよね不思議。

色も高波も潮の香りもなんとなく似ているのでリラックスできました。

 

海蛇様にご挨拶

 

干潮の時だけご挨拶できる海蛇様は、タナロット寺院の守り神です。

この海蛇様は神様の化身で、海からやって来る悪霊を追い払うと信じられています。

 

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

岩蔵の奥、この看板が目印です。

こちらもお布施がいるのですが、なんと実際に生海蛇様に触ることができるのです!

私も海蛇様にご挨拶をして撫でてきました。

 

バリの神様は、山(火山や天空)、水、海にそれぞれ領域があるようです。

タナロット寺院のように海にある寺院は、外からやって来る悪霊をバリ島へ入らないようにする役目があるらしい。

 

この「悪霊」という言葉そのまま捉えないでくださいね。

それが意味するところは「病気や外来種」であり単に目に見えないものだけではありません。

もしかすると異教徒(観光客)だって悪意をもって入ろうとすればタナロットの神様がお怒りになるかもしれませんね。

外のものから島を守る神様…日本で言えば魔除けという意味合いに近いかもしれませんね。

 

 

タナロットの夕日で瞑想修行

 

バリ島では毎日6時~6時半に夕日が沈みますので、タナロットに沈む夕日を眺めに来る観光客が多く訪れます。

そんな人混みの中で瞑想なんかできるの? と思われがちなのですが、本来瞑想はどこでもできるのです。

どんな喧騒の中であっても、自然が厳しいところであっても、先生は時間を忘れて瞑想ができると言っていました。

 

海の神に会うタナロット寺院の聖水でお祈り(バリ修行)|黒猫魔術店

 

そこで私も夕日が沈みゆく逢魔が時の中で瞑想しました。

波の音、様々な国の人々の話し声、人混みの喧騒…それもまた「無為自然」であること。

自然も、人も、国も、全てを「一体とする」「共生に思う」ことは難しいかもしれませんがその意識に近づくことでもっと隣人たち(スピリット)に愛されるようなイメージがありました。

 

例えば、夕日など綺麗なものは人々は綺麗と言って受け入れやすいけれど、汚い醜いものは受け入れにくい。

好き嫌いという個性があるのはいいが、それを主観・主張なく隣人たちと「共生」すること。

美しいもの(陽)と醜いもの(陰)は中庸であること。

私たちは自然を享受しているので、感情に流されず平等に、フラットに「共生」すること。

 

日本で生きていると日本のメディアや常識に囚われがちで視野が狭くなりやすいですが、このような場所は様々な国の人々がいて文化も歴史も常識も違う。

否応なく自分の常識で判断しかねますし、トイレが手動で紙がないからって文句も言えません(笑)。

日本食と違うから、水が違うから、日本がいい悪いなど、言っていても仕方ない。

「今ある自然を享受して仲良しになろう」と思いました。

つまり隣人と仲良くするわけですね。仲良くするんだから文句は言わないですよね、友達ですもん。

 

あっという間に夕日は沈み、バリの夜は更けていくのでした。

私と会ってくれてありがとう、タナロットの神様たち。

 

 

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