台湾修行まとめ伝統や信仰、そして日本

修行を通じて思うこと

今宵は2018年10月に魔女柘榴が行った台湾修行のまとめ。

伝統とは何か、それを残すとはどういうことか。信仰やお参り、おまじないの在り方とは。

魔女の教えにも共通することや、ごく『当たり前』であることの大切さを知りました。

 

台北市龍山寺など道教の参拝とおみくじ(台湾修行)|黒猫魔術店

 

 

台湾・台北市の伝統の在り方

 

『タイペイ・アイ』を観て感動したのですが、その背景にはやはり『旧きも新しきもすべて内包する』意識があるからではないか、と思います。

 

日本には素晴らしい文化や伝統がたくさんあります。
ですが、それらはかつて必要だった日用品を作るためだったり、神社仏閣や城の建設や装飾に使われる技術だったりするものでした。

 

しかし現代では日用品は安さが重視され、海外製の大量生産のものがほとんどを占めていますし、エンターテインメントも多くなってきています。
技術も機械でカバーできる部分が増えれば、人件費を削減するために導入され、更に安いものを選ぶ方人が増えていき、益々売れる見込みは減るでしょう。

 

選択肢が増えれば商売として成り立たないから、後継者が不足する。
後継者がいなければ技術や伝統はそこで途絶えてしまいます。
にも関わらず形を変えることはできない、そこで途絶えてもいいと考えてしまう方がいるのも事実です。

 

これが今の日本のほとんどの現実です。

 

伝統とは何か

 

道教でも知識と知恵は違うものだと言われます。
知識は勉強して身に着くものだから、どれだけ年を重ねようが重ねまいが関係ありません。

 

大事なのは『何を』『どうすれば』『繋いでいけるか』。
この部分だと思います。
伝統が商売にならないというならば、どうすれば商売になるか?を考えれば良いのです。

 

そんなのは難しい、という前に、実際にかたちにしてみようと考えなくてはならないと思います。
でなければ日本がかつて大切にしていた『日本の心』まで死んでしまいます。

 

伝統を神聖視するのはわかります。
ですが、商売が汚いものだというすり込みはやめて頂きたい。
お金を稼ぐことは悪いことではありません。

 

『お金』そのものに執着するからいけないのです。
お金を嫌悪し、自然と共に生きたいというのであれば南極大陸なぞいかがでしょう?
あるいはアマゾンの奥地で暮らしてみるのが良いと思います。

 

私も魔女を名乗りますが、好む方法は現実的な解決です。
占いもやりますが、それがすべてではありません。
タロットも占星術も、『選択肢のひとつ』です。

 

どちらも、今でも途絶えずに残っているのにはそれなりの理由があるからです。
日本の伝統もこれから一層変わっていく時が来たのかもしれません。

 

一人でできることなんてたかが知れています。
本質を見極め、味方を増やしていくことが大切ではないかと思います。

 

信仰は「ごく当たり前」に

 

台湾ではおまじないも占いもピンキリあろうとはいえ、とても真面目に信仰されています。
ですが、その根底には普段からの生活の中に道教の教えであったり、神様がとても身近な存在だという意識があるのです。

 

悪いことをすればそれは大小あれど必ず自分にかえってくるもので、良いことをするのは誰の為でもなく当たり前のことだからするのです。
危険なところは旅行客だろうと現地の方がきちんと教えてくれますし、わからないことは親切に説明してくれました。

 

ごく『当たり前』である、ということが大切なのです。

 

おまじないも占いも神頼みなだけではダメ

 

パワースポットと呼ぶのはあまり好きではないのですが、そういった『神聖なパワー』があるとされる場所にブームだからといっていい加減な気持ちで参拝し、名乗りもせず「私のお願い叶えて神様!」なんて拝んだところで誰が叶えてくれるのでしょう?

 

メディアや噂に踊らされてはいけません。
参拝するからにはどういった場所なのかを知った上で、きちんと礼を以てするのが当たり前です。
運が良いとされる方は、普段からこういった心をもっているからです。

 

どの神社を選ぼうがお寺を選ぼうが好きに選べば良いと思います。
(そこに優劣を付ける方がどうかしています。)
でも、根拠もないおまじないで鳥居や神聖な岩、ご神木を傷付ける輩は罰当たりにも程があります。

 

今、伊勢神宮や富士山など、神聖な場所がどれだけ大変になっているかご存知でしょうか?
木で造られた鳥居の裂け目にグリグリと硬貨を押し込んだり、縁結びだといってご神木に自身の名前を刻んだり、触ったり登ったりしてはいけない神聖な場所に立って写真を撮るなど…一体なんのおまじないでしょうか。

 

魔女の教えにもありますが、『自分のために他を傷付けてはならない』というルールがあり、お店で販売しているワンドたちも、やむなく切らざるを得なくなったものたちです。

 

『みんながやっているから自分一人くらいいいと思った』
『知らなかった』
彼らは皆そう言います。

 

ですが、日本語で書かれた看板すら見ない日本の人はどういうおつもりなのでしょうか?
神頼みをしたいというならまず365日毎日同じ時間に同じ場所をお参りしてみたら絶対何か起きますよ。
本気なら1週間かけて行うキャンドルマジックでも良いですし、瞑想でも何でも良いと思います。
それすらせずに都合の良い時だけ上っ面のお参りをして何のパワーが得られるんでしょうか?

 

何度でも言いますよ。
『頼みごとをするならそれなりの誠意をみせろ』ってことです。
こんなに頼んでるのにこの神様は自分を助けてくれない、だからインチキだ!なんて考えてる内は誰からも助けてもらえないと思いますよ。

 

あなたの本気が届いたなら、ふとした気まぐれで本当に神様が助けてくれるかもしれません。
愛は一方通行のものです。
本当の信心とは、そういうものだと思いますよ。

 

だからこそ私は、天使も悪魔も神も仏も在るというのです。
本質を見誤ってはなりません。

 

どれだけ労力をかけようがかけまいが、叶う時は叶います。
叶った方はみな口を揃えて「信じたら叶った!」と言います。

 

何度でも言いますよ。
ごく『当たり前』である、ということが大切なのです。
信心も習慣も、意識せず行えるようになればこっちのものです。

 

神様に助けてもらいたいのならば、まずは自分が好きな『神』というものについて考えてみてはいかがでしょうか。

 

 

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