台湾修行まとめ・世間や社会の中の自分

自分と向き合う魔女の教え

今宵は2018年10月に魔女柘榴が行った台湾修行のまとめ。

世間や社会の中で生きていく自分という存在とは。

こだわりの価値観や「天のみぞ知る」言葉の真意をあれこれ考えてみました。

 

台北市の歴史的建造物と自然の融合(台湾修行)|黒猫魔術店

 

こだわるもの、こだわらないもの

 

こだわりはあって良いものです。
ですが、『過ぎ』てはなりません。
私自身も太陽が牡牛座ですから気持ちはわかります。

 

ホロスコープを見ることは自分を客観視するためにとても大事なことです。
ですが、こだわるのは妥協が甘えに繋がってしまうと感じたところだけにしよう、と戒めています。
自分のアイデンティティに関わるところだったり、大事なものだったりするところはこだわって良いのです。

 

占星術がすべてではありません。
よくホロスコープを見て『自分ってこうなんだ』というものを飛躍して考えた上で暴走したり、甘えて努力を忘れたり、逆にブレーキをかけたりする方もいらっしゃいますが、それは違うと思います。
それで『自分』というものを把握したからといって、枠組みに閉じ込めるのは違いますよ。

 

道教にもあるように、表も裏も含めて『自分』であり、中庸をとること=これが自分のバランスになるのです。

 

自分が天秤になったところを想像してみて下さい。
どちらかに傾いたまま放っておくと、必ずどこかにガタがきます。
バランスをとろうとしても、不具合があるままではきちんと量ることができません。

 

占星術や占いはそれを冷静に見つめるためのツールです。
あなたが『選び』『行動し』、そして『考える』ことが大切なのです。

 

そうすると見えてくるものがあるはずです。
タロットの『死神』のように、『審判』のように。
本当に大事なものは有限のものではなく無限のものです。

 

道教思想、老子の教えに共感するのはこういったところです。

 

天のみぞ知る、ということばの真意

 

世界各国に共通することばは多いですが、『天』や『神』という存在の捉え方は実に様々です。
しかしながら、その真の意まで捉えているのが一体どれほどいるのでしょうか。

 

瞑想をして宇宙を感じる、真理に近付く。
その努力は大変結構なことですが、本当の意味も知らずにやっていたらいつまでたっても辿り付けません。

 

『行動する』『考える』という行為自体にすら正解を求めていませんか?
人間は学んでも失敗する生き物ですが、行動する前に考えることもできます。
しかし考えて行動しても失敗はします。
大事なのはそこではありません。

 

本当に見るべき部分は『自分の内側』ではないでしょうか?

瞑想をする本当の意味とは、『自分と向き合う』ことです。
その行きつく先が『自己の喪失』、更にその先が『無』であり、『宇宙』や『真理』だといわれています。

 

自分を失うことが『無』であり、最上の喜びである。というのが道教思想ですが、これをことば通りに捉えてはなりません。

ことばを目にした時点で、あなたは『考え』なければならないのです。
そうでなければ、あなたは『洗脳』されてしまいます。

 

『これを信じていれば救われる』なんて都合の良い甘いことばは疑った方が身のためです。
『あなたが信じたものが正義』なのですよ?

 

天や神はいつでもあなたと繋がっている、という話もそうなのですが、スピリチュアルな話だけで留めるには勿体ない。
スピリットは在るし、天や宇宙と繋がりたいなら『自分の内側』が一番近道だと思います。
そう考えればいくらお金を積んだって意味ないと思いませんか?

 

あくまで私のことばであり、別に偉い方の代弁者でも預言者でもないのであしからず。

しかしながら、ここまで語れば『天のみぞ知る』ということがどういうことか、何となくでもご理解頂けるのではないかと思います。

 

世間と社会、その中の自分というもの

 

私自身、『親』や『世間の目』、『いらぬ情け』で何度も失敗してきました。
正直にいって、現在の日本は腐りかけていると思います。
政治の話に限ったことではありません。

 

暫く前にやっていた『奇妙な物語』シリーズの中の作品で、『世間』がテーマにされたものがありました。
世間的に『罪』だと思われた人が次々と逮捕され裁かれる…というストーリーです。
しかし、人はどんどん減って行く。
なのに一向に『世間』というものが見えてこない、皮肉のあるお話です。

 

私はこのお話すごく好きなのですが、同時に今の日本というものを的確に捉えすぎていていい感じの気持ち悪さも味わえます。

社会の中に生きているからにはある程度は仕方のないことだと、許容できるものと許容できないものが『自分』のことと捉えてしまって、混同しているような気がします。
一番顕著に現れるのは顔の見えないSNSの炎上なんか多いですよね。

 

例えばある方が「Aは好きじゃないけど、Bが大好きなんだよね!」と呟いたとしましょう。

それを聞いて『自分の好きなA』を否定されて頭に来るという、その根底には、『Aが好きな自分』というものが存在します。
冷静になれない方は上記のケースで『自分自身』が否定されたと考えてしまうのだそうです。

 

しかし呟いた本人としてはAを否定したかった訳ではなく、何故攻撃されるのかがわかりません。
だから冷静に返そうとして、かえって火に油を注ぐ結果になることが多い。
更にいうならば、『不謹慎』だと正義を振りかざして人を傷つける理由にする方も少なからずいらっしゃる事実。

 

『自分』と『他人』は別の生き物、別個体です。
育ってきた環境も考えも違うのは当たり前だというその前提を忘れてはなりません。

 

思ったとしても、口やことばに出してはならないと思います。
思って、考えてしまうのは仕方ありません。人間ですからね。
考えた上で、『相手に100%』伝えることなんかできません。無理です。

 

『ことばにした時点でそれは自分のもつものとは別のものになる』

だから『思考する』ということがどういうことか、そのもつ意味がおわかりいただけるでしょう。
『社会』と『世間』を混同してはダメです。

 

あなたはあなたでいて良いのです。
でも、同時に社会の一員です。
合わせなければならないこともありますが、従わなくてよいところまで従わないで下さい。

 

自分が嫌だと思うものにNO(ノー)と言っていいんです。
言うことで、それが誰かを傷付けることになったとしたら…そう考えるあなたは優しいのかもしれません。
でも、言わなくてはならないこともあるでしょう。

 

考えた上で、あなたが意志を、覚悟をもって言ったことばなら、それはあなたにとって意味のあるものだと思います。
そこに『世間』を挟んでは本末転倒です。

もし悩んだ時に世間の目が障害になるならば、その時こそ考えて欲しい。
『世間』とは誰のことですか?

 

何の為のことばやコミュニケーションでしょうか?
『人間は考える葦』です。

 

ことばも行動も、あなたが使い方を決定するのです。
剣は『知性』と『覚悟』の象徴です。
むやみに振るうことで人はあなたから離れていきます。

 

四大属性の概念にもあるように、情熱の火がなければ人は生存できないし、感情の水がなければ喜びは生まれず、知性がなければあなたは暴君になります。
価値のある『金貨』はお金だけではない、自分の中で耕し育ててきた土という経験や技術なのです。
だからこそどの属性のコートカードも王や女王は穏やかな顔をしているのですよ。

 

満たされている人は本当に優しい顔つきをしています。
満たされていない、と感じる人は鏡を見て自分を見てみて下さい。
そこでどう感じるかを『客観視』して下さい。

 

そこからどう行動するかはあなた次第です。