霊場巡りと死後婚、神秘!
今宵は山形県に伝わる死後婚「ムカサリ」について研究するため、最上三十三観音霊場(若松、唐松、黒鳥、小松沢)へ行ってきた話。
独身のまま、又は若くして亡くなった人が死後に結婚をするムカサリとは? 霊場って?
結婚と葬儀、愛と死の深い関係を紐解きます。
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死後婚・ムカサリとは?
ムカサリ絵馬(むかさりえま)とは、民俗風習の一つ。山形県の村山地方のみで行われている。
ムカサリは「迎えられ」からくる結婚の方言。嫁に迎えて去ることからこう呼ばれる。
事故や事件、病気などで子供を失った親が絵や写真で架空の人物との婚儀の様子を描き、寺に奉納することで、故人の成仏や死後の幸せを祈る。(Wikipediaより)
ムカサリは本来、独身のまま亡くなった人、または若くして亡くなった人があの世で未練なく成仏するようにと、遺族が幸せを願って結婚の儀式を行うものでした。
今でも山形県村山地方の数々のお寺ではムカサリ絵馬を奉納することができますし、実際、全国各地からムカサリで訪れるご遺族が多いそうです。
ムカサリが怪談になった理由
私がムカサリを知ったのはこれがいわゆる怪談(都市伝説)として有名になってからでした。
同じ山形県に住む者でも村山地方(山形市を含む内陸中部一帯)の風習であったため知らなかったのです。
ムカサリの風習を「怖い話」として捉えるようになったのは「世にも奇妙な物語」や落語「ムカサリ」で題材になったからでしょう。
「禁忌として、生きている人の名前を書いてはいけない、書くとその人はあの世へ連れて行かれる」というのが付け加えられたからです。
しかしながら土着の風習と言うのは得てしてちょっぴりホラーで、不思議で、実は怖くないというのは定番です。(本当に怖いのもありますけど)
また受け継がれていく風習にホラーなテイストが加わることは何ら珍しいことではありません。
妖怪のように子供たちの躾や大人の欲望の戒めにも、ホラーは大活躍します。
ただ私はホラー大好き人間ですが、一般的にはホラーが苦手な人が多いかもしれません。
そんな人々に、単に怖いと嫌煙するのではなくきちんとその意図や歴史を理解して頂きたいなと思い研究を始めたのでした。
由緒ある最上三十三観音
色んな人に聞き込み、そして調べた結果、最上三十三観音のお寺は古い歴史がありムカサリが多く奉納されたり飾られてあることを知りました。
最上三十三観音とは、山形県の内陸中部に位置する「霊場」です。
開創が室町時代の古い歴史をもつ仏教の巡礼地です。
願いを叶えるためや、死後極楽浄土への導きのために三十三カ所巡礼するのですが、私はお願いではなくご挨拶(お祈り)をさせて頂きたいのでピックアップした霊場へ行きます。
なお霊場はとても神聖な場所ですので、本堂内などの撮影はしておりません。
外観や鳥居などを掲載致します。
またムカサリ絵馬には個人情報(住所、戒名、俗名、享年)が記されているためこれも撮影しておりません。
第19番 黒鳥観音(曹洞宗)
黒鳥観音は東根市にある19番目の霊場です。
ご本尊は十一面観世音菩薩様と慈覚大師です。
急な坂道を登った山の中にひっそりとございます。
なんと美しい景色なのでしょう。
しかし…
黒鳥観音様は固く扉を閉ざしておられます(冬季間だから)
本来は本堂内にムカサリがあるのですが中を見ることはできませんでした。
しかしせっかく訪れましたので扉越しにご挨拶(お祈り)を致しました。
黒鳥観音は凛とした澄んだ空気を感じます。
例えるならば甘味のない透明なソーダ水のなかにひんやりとした氷柱をひとつ差し入れかき混ぜたような雰囲気です。
風の鳴る音が聞こえました。
第20番 小松沢観音(真言宗)
ちょっと嫌な予感はしていました。
黒鳥観音が冬季間お休みということは、さてはこちらも?と。
案の定、小松沢観音(山形県村山市)に辿り着く前に車は雪に埋もれ…
断念脱出して次回ご挨拶に来ようということになりました。
ご本尊は聖観世音菩薩様と行基です。
本来であればこちらにもムカサリ絵馬が奉納されているそうで拝見したかったのですが仕方ない。
雪には勝てない…(いつも埋まる)
第1番 若松観音(天台宗)
冬季間休業という壁が目前に立ちはだかりますが、若松観音は冬でも参拝客が多くいらっしゃいました!
若松観音は山形県天童市にある天台宗のお寺です。
ご本尊は聖観世音菩薩様と行基です。
それでもこのくらいの雪がある山奥です。
まずは若松寺観音堂へご挨拶(お祈り)をします。
こちらは国の重要文化財に指定され、古くは密教本堂だったとか。
その後本堂でご挨拶(お祈り)をした時に事情を話しましたら、お寺の方のご厚意で本堂を見学させて頂くことができました!
本堂には全国各地のムカサリ絵馬が3方の壁面全てに奉納されていました。
その荘厳な絵馬の数々!
中には10歳にも満たずして亡くなった子供や、50代・60代の独身の方もいらっしゃいます。
絵馬に決まりはないようで、家族が描いたものから絵師さんに頼んだものまで実に多種多様なムカサリが表現されているのです!
振袖姿、白無垢、色打掛や高島田など和装婚を描いたものが多いですが、純白のウエディングドレス姿のものもあります。
お寺の方にもお話を伺いました
「ムカサリは結婚という方言で、古くから縁結びの若松寺では絵馬が奉納されていました。」と仰います。
その他要約するとこういったお話をお聞きしました。
- 亡くなった人の家族(両親や兄弟)が、もし生きていたらこんな結婚をしただろうという思いを絵にします。
- 大人だろうが子供だろうが、独身であればムカサリができます。
- ムカサリ絵馬という名前だが、絵馬(木の板状)ではなく絵を額に入れたものを奉納します。(つまり絵が入った額のことをムカサリ絵馬といいます。)
- 本堂にあるのは一部で、依頼があれば供養で本堂に出しています。
- 全国各地から訪れます。
- ムカサリの相手は架空の人物を描きます。
- ムカサリ絵馬には、住所・戒名・俗名・享年・依頼者(家族など)の情報が書いてあります。
葬儀と結婚
ここでふと疑問に思うのです。
私が和婚で神社とお寺で婚儀をした際にも研究していたのですが、なんとなく「神社はお祝い事、お寺は弔い事」みたいな感じがしますよね。
でも実際は神社でもお葬儀をしますし、お寺でも婚儀をするのでそんな先入観があるだけなのですが。
若松寺の方にそこのところを聞いてみました。
「ムカサリの死後婚は、死後に行う結婚です。
つまり仏様がお相手なのでお寺でムカサリを行います。」
た、たしかに!
そして若松寺は縁結びや子宝の御利益があるとして有名で、私がお邪魔した時も参拝客の皆さんがお守りなどをお買い求めでした。
私なぞは神仏習合で育ってきているので違和感ありませんが、なるほど皆さんの認識でも「お寺で縁結び」もアリなのだなと思いました。
第5番 唐松観音(曹洞宗)
唐松観音は山形市にある曹洞宗のお寺です。
ご本尊は聖観世音菩薩様と弘法大師です。
この崖の上にそびえ立つお寺が圧巻の雰囲気を醸し出しています。
これは京都清水をならって作られたのだとか。
橋を渡って行くのですがこの川の澄み切った透明度をご覧ください。
霊場らしい清らかな流れです。
少しだけ坂を登って行きます。
そこで下から見上げるあの清水の舞台…!
大丈夫かな?崩れてこないかな? とちょっとビビりますよね。
非常階段のような下が透けて見える作りの階段(嫌いな人は嫌いだろう…)を登った先に本堂があります。
唐松観音の本堂には誰もおらず、しっかりと観音様にご挨拶(お祈り)することができました。
また奥の方にはやはりムカサリ絵馬が幾つか奉納されておりました。
こちらの本堂は壁がなく吹き曝しの作りになっているので、本堂内が少し劣化してはおりますがそれもまた雰囲気があり私は好きです。
元々霊窟だった
ところでこの観音様がおわします場所が、元々霊窟だったそうなのです。
一条天皇の正歴元年(990)、平清水の郷民森山氏の妻が戦死した夫の冥福を祈るため、唐松山の霊窟に観音像を祀り河岸に草庵を結んだ、これを「江滸尼公庵」と言った。これが寺のはじまりとされている。(最上三十三観音公式サイトより)
たしかにこの岩肌、ぼこぼこごつごつとしていて、空洞があります。
そして観音様の裏側の建物は、この霊窟にはまるように建てられておりました。
岩場の奥の方には不思議なエネルギーを感じるような気がします…でも少し薄いかな?
バリのゴアガジャやゴアラワに比べたら…(比べちゃいけないけど)
日本の場合、現代の生活・信仰の変化とともに霊場や地脈も移動するでしょうからね…。
でもエネルギーは感じます。
私はこのエネルギー好きだなあ。本堂のこのベンチでずっと瞑想も読書もできそうです。
結局、霊場とはなんなのか
つまりこういう流れだったのではないかと、私は思うのです。
- 元々そんな霊場(自然神秘な場所)があった。
- 行基や弘法大師が発見し霊場と定めた。
- 仏像(神像)を設置した。
- いつしかありがたい、御利益があるものとして人々の信仰を集めた。
そうすると日本人はいかにして八百万の神に敬意(時に畏怖)をもって接してきたかわかります。
最近では山奥に行かないとそういった神秘には出会えないかもしれませんが、昔はここも山奥だったことでしょう。
昔と現代ではその感覚の違いこそあれど、こうして今でも霊場巡りを通して自然信仰の気持ちを再燃させることは素晴らしいことですね。
逆に身近にあるからこそその気持ちを忘れずにいられるのかもしれません。
ムカサリが山形県で発達した理由
これはもっと調べないと結論がでない…というのが率直な答え。
今のところ途中調べを残しておくとこうなります。
- 昔、山形県村山地方は貧しかった
- 光姫伝説、横川氏の怨霊説など調べたが直接ムカサリに関するものではないような。(これは後に記事にします)
- 今でもムカサリは続いている
- 最上三十三観音以外のお寺でもムカサリはある
ということで考えられるのは結婚する前に若くして亡くなる子どもと、それを悲しむ家族が多かったのではないか。
昔のことなので「子消し」=口減らしのため子どもを捨てることもあったろうと思います。
(ちなみに工芸品のこけしはここからきているとか。山形でも名産品です)
ただしこれはあくまでも私の途中経過の仮説に過ぎません。
こういった記事を書くとアンチにディスられるんですが私は自説を主張したいわけでも皆さんに刷り込みたいわけでもなく、単に研究の事跡として残したいだけです。
また何年も費やして研究した先者がいるのに一日そこらで結論が出るはずもなく。
ムカサリ・霊場・最上三十三観音まとめ
死後婚であるムカサリに興味を抱き、最上三十三観音に多くムカサリ絵馬があると聞き、いざ調査したはいいものの、霊場は冬季間は閉まっている(ついでに雪に埋もれる私の車)ので調査は難航。
しかしお寺の方々から本堂を見せて頂き、貴重なお話も伺うことができました。
率直に思うのは、お寺の方々は全く怪談やオカルトといったことではなく、ご家族の幸せや願いのためにムカサリを今でも行っていること。
これは魔術にも良いやり方や悪いやり方があるように、扱う人の心によってそれは幸せな願いにもなれば、人を貶める呪いにもなることに似ています。
結局は私たちの心次第。
しかし仮に…ムカサリを禁忌の法を使ってやろうとしても霊場のエネルギーで浄化されちまうのでは…と思うくらい、最上三十三観音はエネルギーに満ちた場所でした。
つまり罰が当たるって!くれぐれも変なことはなさらないよう!
次回はきちんと三十三霊場を巡り、ムカサリや霊場について結論を出したいと思います。